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第11話

 知らない間に地雷を踏んだのかと考えつき、自分の発言を思い返していたら、加賀谷は肩を落としたまま、ボールを拾いに行ってしまった。  いつもより丸められた背中を見つめていると。 「どうしても負けたくなかった。1年でスタメン入りしたヤツも、俺のことを下手くそ呼ばわりした先輩たちそろって、絶対に見返してやりたかった」  腰を屈めながらボールを拾うなり、熱意のこもった声で呟く。 『ダルい』『面倒くさい』が口癖になっている、加賀谷の普段の姿とは違うそれに、意外な一面を見せられた気がした。  ゴール下からドリブルして戻って来る加賀谷に、自分から声をかけづらい。コイツは頭の良さに比例して、運動神経も抜群なんだと思っていた。だから何をしても上手くいく、大層恵まれたヤツというレッテルを貼りつけたせいで、塩対応していたことがえらく恥ずかしくなった。 「笹良、どうした?」  沈黙を貫く俺の様子に違和感を覚えたのか、目を輝かせながら訊ねる。その間もドリブルを欠かすことはなかった。 「加賀谷はえっと……、どんな練習でソイツらを見返したのかなぁと、興味が湧いた感じ」  しどろもどろに返事をするのがやっとだった。何が地雷になるかわからない以上、できるだけ言葉数を減らしてみる。 「そんなことが知りたいのかよ」 「まぁうん。だってそれが、黄金のレフティにつながってると思うし」 「それには条件がある。俺の秘密を教える代わりに、笹良がそこからシュートをすること」  一重まぶたを細めながら提案した途端に、ドリブルしていたボールをいきなり投げつけてきた。突如パスされたボールを両手でキャッチしながら、わざとらしく嫌そうな表情を作り込んだ。 「絶対に入らないシュートをさせたいなんて、加賀谷の悪趣味には付き合えない」 「一度は成功してるんだ、入るに決まってる」 「俺はイップスなんだよ。その名前くらい知ってるだろう?」  荒げた声と同時に加賀谷に向かって、ボールをワンバウンドさせて投げつけた。変な回転をかけてバウンドさせたので、加賀谷のいるところには届かないボールだった。 「ふぅん、イップスか。それまでできていたことが、精神的な何かが原因で、できなくなる病気だっけ」  ボールの軌道先を読み、素早く駆け寄って片手で易々とキャッチするなり、その場でターンをしながらシュートポジションに入った加賀谷の動きがそこで止まる。  それはまるで、DVDを一時停止したみたいだった。バスケットボールを持つ左腕だけじゃなく、躰全体が石造のように固まっている。 「加賀谷?」 「シュートが決まらない。パスすらまともにできなかったら、相当つらいよな」  まったく微動だにせず、背中を向けたままの加賀谷。いつもより低い声が、傷を持つ俺の心を慮っているように聞こえたのは、気のせいだろうか。無神経なヤツの言葉とは思えない。  だが罵らずに同情してくれたことについて、一応ありがたみを感じた。 「そりゃあつらかったよ。高一から今までイップスに向き合ってきたけど、治る見込みはまったくなかった。お蔭でずっと補欠組だ」  素直な気持ちを吐き出したら、背中を向けた状態でいた加賀谷が左腕を下ろして、振り返りながら喋りだす。 「俺のバスケって笹良みたいな動きじゃないから、うまく言えないんだけどさ。笹良のシュートは超繊細に見える感じなのに、隠されたところにしっかりした芯があるんだ。だから強さと儚さの両方を兼ね備えたすごいシュートに、俺の目には映ってる」  どこかやるせなさそうな表情が、加賀谷の苦悩を表しているみたいだった。 (外さないシューターにこんな顔をさせるなんて、俺ってばそんなにすごいのか?) 「加賀谷らしい、独特な物言いだな」 「他にも、緻密な感じと表現したほうがいいかも。俺の場合は、そんなもん皆無だし。反復練習で躰に覚えさせる練習をしたんだ。それも結構大雑把な感じ。無理やり叩き込んだというか」 「どんな練習なんだよ?」

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