22 / 35

恋のマッチアップ番外編 膠着状態

 加賀屋の黄金のレフティは、滅多にゴールを外さないと思っていた。しかしながら最近にいたっては、練習でもゴールを決められない機会が増えたため、当然レギュラー入りすることなく加賀谷は補欠のまま。俺はレギュラー入りをなんとか維持している。  休憩時間になったので、タオルで汗を拭いながら加賀屋の姿を探す。目立たないようにするためなのか、体育館の隅っこにひとりきりで座っていた。 「加賀屋!」  思いきって声をかけると、見るからに渋い表情を顔面に作り込みつつ、大きなため息を吐いてから口を開いた。 「お疲れ……。調子良さそうじゃん」 「加賀屋らしくない。もしかして、イップスになったんじゃないだろうな?」 「残念ながら、たぶんなってると思う……」 「マジかよ!」 「ああ。恋という名のイップスにな!」 「は?」  堂々と告げられた、くだらなすぎる内容のせいで、思いっきり呆れたまなざしを飛ばしているというのに、加賀谷はまったく気にならないのか、瞳をキラキラ輝かせた。 (――まったく。さっきの暗い表情は、加賀屋なりの演技だったのか。そうまでして俺の気を惹きたいなんて、本当に物好きなヤツ!) 「だってさ、レギュラー入りしたら、めでたく笹良と付き合えるじゃん。そのあとのことをアレコレ考えたら、妄想がどんどん広がって、頭の中を支配するんだ」  神妙な顔つきから一転、デレっとした表情に変化した。正直なところ、イケメンが台無しになっていると思われる。せっかくのイケメンが崩れている理由は、いただけない妄想のせいだと、容易に想像ついた。 (傍に駆け寄って加賀屋を心配した、俺がバカだった――)  額に手を当てながら、眉根を寄せて後悔する俺を見ているのに、加賀屋は弾んだ口調で言の葉を続ける。 「誰とも付き合ったことがない笹良と付き合ったら、この俺が笹良のはじめてを全部独占できるだろ。それを考えただけで、嬉しくてたまらなくってさ」 「悪いけど、このままゴールの成功率が下がり続けていたら、いつまでたっても俺と付き合えないと思う」  最悪の事態をキッパリ言いきったというのに、加賀屋は利き手の左手を見せつけながら微笑んだ。追い詰められているというのに余裕のありすぎる態度は、間違いなく試合ではとても有効だろう。 「だってさ、しょうがないだろ。ゴールを決めようと左手を伸ばした瞬間に、めちゃくちゃエロい笹良の姿が、これまたばっちりチラついちゃってさぁ。ドキドキして、思わず外しちゃうわけ」 「そんな説明されても、同情しないからな」  ここぞとばかりにレフティの手首を見せつけながら、意味なく前後させる加賀屋に、冷たいまなざしを送ってやった。 「え~、これって笹良のせいなのに?」 「俺のせいじゃない。加賀屋の卑猥な妄想のせいだろ!」  目の前にある手首をぎゅっと掴んで、無意味な動きを止めた。 「加賀屋がこのまま試合に出ないなら、友達付き合いもやめようかと思う」 「ちょ、いきなりなんで?」 「加賀屋のやる気が違うものに変換される以上、恋人はおろか友達付き合いすらしちゃいけないだろ」  掴んでいた加賀屋の手を放り投げ、首にかけたタオルで額から流れ落ちる汗を拭う。 「そんなの、そんなの嫌に決まってる!!」  立ち上がりながら叫んだ加賀屋の声は、体育館中に響き渡り、あちこちからこちらに視線が突き刺さった。 「加賀屋落ち着け、みんなが見てるって」  慌てて立ち上がり、加賀屋を宥めるべく肩を叩いて座らせようとしたが、躰を硬直させてそれを拒まれた。 「他の奴らなんて関係ねぇ。今は笹良と話をしてるだろ」 「チーム内の小競り合いを見られたら、監督だって心配する。ただでさえ調子のあがらない加賀屋を、他のメンバーも心配してるのに」 「全部笹良が悪い! 笹良のせいだからな!」  最低なことを怒鳴った加賀屋に、ほとほと愛想が尽きた。 「はいはい、俺が悪いんだよな。おまえのポジションとったり、集中できないようなエロい格好で、頭の中に出演してるみたいだし」  もう勝手にしろと語尾につけて、ぷいっと顔を背けながら加賀屋から離れる。アイツがどんな顔をしているのか、まったくわからなかった。

ともだちにシェアしよう!