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意外に嬉しかった
校内を五十嵐や緑川に案内して貰いつつ、オレは体育館に向かった。
「この座高って、何でしょうね?」
今まで見た事もない項目に首を傾げていたら五十嵐が丁寧に教えてくれた。
「ああ、椅子に上体を真っ直ぐにして腰掛けた時の椅子の面から頭頂までの上体の高さの事だよ。昔は内臓が発達していれば健康だと思われてて、座高が高ければ内臓が発達していると言われていたんだってさ」
「へー、じゃ、測る意味あるの?」
座高の事を聞いたオレではなく、オレに抱き付いている緑川がそう訊く。確かに、無意味な事をしているとオレも五十嵐を見たら五十嵐が顎に握った手を付けて、
「う~ん、ないと思う。後藤先生の嗜好だろうって早川先生が言ってたから」
五十嵐がそう言う。
担任の受け売り何だとオレが苦笑いをしていたら背後から殺気を感じて、振り返った。
大きな腕がオレの首に廻され、「待っていたぞ、神谷!お前は此方だ」そう言って、抱き付いていた緑川の身体を引き剥がし、オレだけ別枠のスペースに引き摺って行く。当然、引き剥がされた緑川は「Ωああああちゃん!!」と両膝を床に付き、およよよと泣き崩れていたがオレは見なかった事にした。
五十嵐は引き摺られるオレを見て、「ゴメン、後藤先生には敵わないから身体測定が終わったら合流しようか?」と、意外に冷静な判断を下してオレに「後からね」と手を振っていた。
「ちょ、苦しいですって。えっと、先生?」
半信半疑で顔だけ後ろに振り返ったら、大柄な男の先生らしき人がにかっと笑っている。
白い健康そうな歯が熱血漢を現し、上腕二等と三等のガッチリとした筋肉と大胸に付いた分厚い筋肉、下半身を支える大腿四頭筋のスラッとした筋肉が完全に「俺は体育教師だ」と言う何とも暑苦しい様を津々と醸していた。
だから、オレは見なかった事にしたかったのか、先生に頭から爪先まで余す事なく寸法を測られているにも関わらず、五十嵐と緑川の方をじとっと眺め見ていた。
「神谷、可愛いな♪だが、ココはもう少し筋肉を付けた方が身体のラインが綺麗に見えるんだ」
時間が在れば俺が教えてやるんだがそうはいかんから家で筋トレをしろよ。
解り易く纏めたファイルを渡すからとニコニコ顔で言われたら、誰でもそうするだろう。
オレはオレ事ではない様な遠い目をして、言われるが儘頷いていた。諦めが入った人間は意外に強く生きれるモノだ。
壁掛けになっている大きな時計の針をぼんやりと見ながら、時間が経つのをひたすら待つ。健気な女子すら、溜め息が出そうな先生の手付きに身体の奥底から寒イボが立ちそうだった。
しかし、この朝食は食べたかとか快便だったかとかは解る気がするが、靴下は右から履くか左から履くかとかお風呂は先に湯船に浸かる派か先に身体を洗う派かとか、頭を先に洗うか身体を先に洗うかとか歯磨きは何処から先に磨くかとか、こう言うのって答える必要が在るのだろうか?とオレは疑念に思い首を傾げた。
五十嵐が言った様に嗜好なのだろうか?と考えてしまうと、尚更、先生の顔を直視出来なくなってしまっていた。アンケートに答え、フと周りを見たらもう殆どの生徒は身体測定を終えて教室に戻っていた。五十嵐と緑川ももう既に終えていたらしく、律儀にオレを待っててくれている。申し訳ないなと思いながら、最後の質問に答え、オレは漸く解放された。
尚も、必要以上にべたべたと身体を触って来る先生を無理矢理剥がして、オレは五十嵐と緑川の元に走る。
慌てていたから、この後、身体測定をする三年生の集団に鉢合わせて一人の男の先輩にぶつかってしまった。
顔面から諸にその先輩の腹にぶつかって鼻の頭をぶつけたから、オレは、
「あ、ゴメンなさい。前を見ていませんでした」
と、否はオレにあるとぶつけた鼻の頭を押さえながら謝った。
普通だったら、何してんだよテメーとか言われそうなのに、
「大丈夫?俺こそ余所見してたから、ゴメンね」
と、オレの顔を上から覗き込んでにっこりと笑って頭を撫で撫でされてしまった。
五十嵐にしろ、この先輩にしろ、あの先生にしろどうしてオレの頭を撫でたがるのか解らないが、怒ってないなら儲けモノとオレは「はい、大丈夫です。ゴメンなさい」ともう一度謝った。
そしたら、「良いよ、良いよ。コレ、ココぶつけちゃったお詫びね」とオレのぶつけた鼻頭を人指し指で軽く押さえ、青い体操服のポケットからがさがさと包装された赤い包みをオレの掌に乗っけた。
「皆には内緒ね♪」
そう耳許で囁き、ほら呼んでるよとオレの視線を五十嵐と緑川に向けさせて、先輩はじゃね♪と離れて行った。
すれ違いの様に五十嵐と緑川がオレの方に駆け寄って来て、「大丈夫だった?」と、心配そうにオレの顔を覗き込んで来た。
「え、あ、はい」
飴ちゃんを貰ったとは言えず、オレは慌てて、飴ちゃんをズボンのポケットにしまった。
「ぶつかった人が好い人で良かったね」
緑川が何時もより神妙な顔でそう言って来たからそうですねと、答えた。
オレはポケットに入った飴ちゃんを握り締め、
他の三年生と合流するその先輩の後ろ姿をぼんやりと眺めた。
何かと忙しかったけど、無事、身体測定も終わって良かったと思いながらお詫びにと貰った飴ちゃんが意外に嬉しかった。
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