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一話 あなたは王子の同居人として見事に選ばれました 15

 その後は契約書や毎月の給料の支払いの話になった。 「奏様のお給料は月末ごとに私が持ってまいります。これは今月分になります。どうぞお納めください」  奏は瀟洒な模様の入った黒い封筒を恭しく受け取った。 「さて、私の用はこれで終わりです。奏様、私に言っておきたいこと、訊いておきたいことはございませんか? ございましたらなんなりと」  エリファスはにこやかに微笑んだ。  訊いておきたいことならたくさんあるが、奏はとりあえずお茶を淹れることにした。 「そ、粗茶ですが」 「いただきます」  これから毎月やってくるなら、お客様用に玉露とかコーヒーを買っておいたほうがいいかもしれない。魔族が玉露やコーヒーを好むのかどうかは知らないが。 「エ、エリファスさんはどんな飲み物がお好きですか」 「私ですか?」  エリファスは意外なことを訊かれた、というように青い瞳を瞬かせた。 「そうですね……魔界にも人間界と同じようにさまざまなお茶の種類がございます。私が特に好むのはティハというお茶です。人間界の紅茶とよく似ていますね」  だったらコーヒーよりも紅茶のほうがよさそうだ。 「あ、あの、王子の好きな飲み物を教えてただけますか」 「王子が好きなのはエテルですね。人間界で言うところのコーヒーですよ」  コーヒーと紅茶、どちらも取りそろえなくては。もっとも王子が奏の淹れたコーヒーを飲むかどうかはわからないが。 「あ、あの、エ、エリファスさんは、お、お、王子のことをよく、し、知ってるんです、よね。きょ、教育係だそうですし……」 「はい、王子ならお生まれになったときから存じ上げております。お生まれになってすぐに教育係を命じられましたので」  生まれてすぐにって。いったいこの人いくつなんだ。 「お、王子は、あの、に、人間があまり好きじゃない、っていうか、ば、馬鹿にしてるみたい、なんですけど……な、なにかあったんでしょうか……?」  エリファスはすぐに質問には答えずに、マグカップのほうじ茶をゆったりと飲んだ。  奏はドアへ目を向けた。向こうに王子がいるはずだが、ドアは閉じたままで開く気配はない。いつもどおりテレビの音が聞こえてくるだけだ。 「王子は人間がお嫌いなわけではないですよ」 「えっ、そ、そうなんですか……?」  奏に対する態度を見るかぎり、とてもそうは思えないのだが。それとも嫌っているのは人間ではなく奏だとか?  いや、でも、出会ってすぐにあの態度だったし、あの短時間で嫌われるような真似をした覚えもない。それとも平凡でつまらない外見が気に食わないんだろうか。 「王子が嫌っているのは王子自身です。憎んでいる、と言ったほうがいいかもしれませんね」 「憎んでる……?」  奏は思わずエリファスを真正面から見つめた。眼鏡の奥の瞳に映ったのは静かな笑顔だ。

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