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一話 あなたは王子の同居人として見事に選ばれました 16

「王子のご母堂は人間なのです。王子の血の半分は人間のものなのですよ」 「え……っ!?」  ぽかんと口が開いた。魔界の王子が人間の血を引いている? つまり魔王は人間と結婚したということか?  「お、王子はお母さんが嫌いなんですか?」 「いいえ」  エリファスは首を横に振った。 「その反対です。とても深く愛しておられました。いまも――」  青い瞳に陰りが落ちる。 「王妃様は王子が十三のときに夭折なさいました」 「え――」  奏が思わず腰を浮かしかけたのと、部屋のドアが乱暴な音を立てて開いたのは同時だった。 「エリファス――!」  ハッとして目を向けると、黒い炎のごとき怒りを滾らせたミハイエルが、ドアの前に立っていた。ミハイエルの双眸はまっすぐにエリファスへ向いている。  奏は震え上がった。もしも睨まれているのが自分自身だったら、恐怖のあまり泣き出していたかもしれない。  王子は怒鳴った。魔界の言語らしく言っている意味はまるでわからないが、エリファスに激しく文句を言っているのは伝わってくる。 「王子、ここでは日本語をお使いなさい。奏様の前で奏様にわからない言葉を使うのは、礼儀に欠けていると思いますよ」  エリファスはマグカップを片手に平然と微笑んでいる。  ミハイエルの視線が奏に向く。獰猛な視線を突きつけられて、背筋がびくっと震えた。 「……俺に断りもなく俺の話をするな、と言ってるんだ」 「おやおや、王子が盗み聞きとは嘆かわしい。勝手に話をされたくないのなら、王子から話して差し上げたらいかがですか。奏様、」 「は、はいっ!?」  声がひっくり返ってしまった。 「先ほども言いましたが、王子はあなたに逆らえません。訊きたいことがあるなら、本人に直接訊くのがよろしいかと。もしも逆らったりしたら、そのときは伝家の宝刀『逆らうなら出ていけ』を抜けばよろしいのですよ」 「いっ、いや、そ、そ、そんな、い、いくらなんでも、おっ、横暴すぎます」  ミハイエルはますます凄まじい目でエリファスを睨んだが、エリファスは素知らぬ顔だ。 「では、私はそろそろ帰るとします」 「えっ、ちょ、そ、そ、そ、そんな」 「ときどきようすを見にまいりますので、奏様、王子をどうぞよろしくお願いいたします」 「ちょっ、ちょっと、ま、ま、待ってくださ――」  ガソリンタンクに火を放つような真似をしておきながら、自分はさっさと逃げるなんて狡いじゃないか。せめて鎮火してから立ち去ってくれ。  奏の心の叫びが届くはずもなく、エリファスはベランダから飛び去ってしまった。  あとには奏とミハイエルだけが取り残された。

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