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二話 王子って実はスケベだったんですね 6

 次の土曜日、奏は原宿へ出向いた。ラ・フォーレ原宿の前で妹と待ちあわせて、妹がいってみたいというパンケーキ屋へ向かう。  原宿は相変わらず人でごった返していた。若者の姿が圧倒的で、外国人の姿も多い。  原宿すなわちおしゃれな若者たちの街だ。おしゃれでもなければ若者かどうかも微妙な年ごろの奏には縁遠い街だったが、可愛い妹にパンケーキをせがまれてはしかたがない。肩身のせまい思いで、竹下通りを歩いていく。  行列に並んで一時間後。ようやく店内へ案内された。  奏は店内をものめずらしい思いで見回した。いかにも女の子向けの可愛らしい内装だ。二十五歳のコミュ障には、ある種の地獄である。客のほとんどが女性客で、男の姿はちらほらとあるくらいだ。  ……なんかおれって浮いてるような。まあ、それを言ったら、原宿という街そのものから浮いているわけだけど。  野暮ったい前髪に野暮ったい眼鏡。フードのついた無地のトレーナーにデニムパンツが、手持ちの衣装でできる精一杯のおしゃれだ。 「で、いったいどうして毎月大金が手に入ることになったわけ?」  注文を済ませると、妹の杏はさっそく切り出してきた。  杏は兄にまったく似ていない可愛らしい少女だ。目がぱっちりと大きく、ピンク色の頬と唇を持っている。背はやや低めで杏にはコンプレックスのようだが、それもまた可愛らしさを醸し出す要因になっている、と奏は思っている。  おれと杏がこうしていても誰も兄妹だなんて思わないだろうな。だからといって彼氏彼女にも見えないだろうし。彼氏彼女にしては歳も顔面偏差値も差がありすぎるからなあ。じゃあ、なんに見えるのか。まさか援交……?  共に暮らしたのは奏が十五、杏が七つのときまでだ。両親の離婚と同時に兄妹ばらばらになってしまったが、いまだにこうしてつきあいがある。 「実はさ――」  奏は魔界の王子と同居していることを、小さな声で説明した。杏は丸い目をさらに丸くして奏の話を聞いていた。 「魔界の王子様って……。そんな人がどうしてお兄ちゃんのところに?」 「なんでも偉い占い師がおれを選んだんだって」 「だからどうしてお兄ちゃんを選んだわけ。お兄ちゃん、魔界に縁もゆかりもないでしょ。おかしいじゃない。なにか裏があるんじゃないの」 「裏ってどんな裏だよ」 「それは……わからないけど……。お兄ちゃんって人見知りするくせに警戒心薄いから心配だよ」  杏は眉を下げて奏を見つめている。 「大丈夫だって。子供じゃないんだから、良い人なのか悪い人なのかくらいわかるよ。まあ、あの人たちは人じゃないけど」  善人ではないかもしれないが悪人ではない、と思う。  杏が相手だと吃ることなく言葉が出てくる。年季の入ったコミュ障も、妹の前ではさすがに引っこむようだ。 「だから、気にしないで大学にいけよ。おれはそんな大金をもらっても使い道がないんだから」 「私の大学のことよりも、まずは自分の奨学金を返しなよ」  いったんは諦めた大学にいけるとなったら、手放しでよろこぶものとばかり思っていたのに。杏は兄の心配ばかりしている。そんなにも頼りなく見えるんだろうか。 「奨学金なら毎月の給料で問題なく払えるから」 「電話でもいったけど、夏目のお義父さんのことはお兄ちゃんに関係ないんだよ。私には家族だけど、お兄ちゃんには別れて暮らしている母親の再婚相手、ってだけなんだから」  両親は離婚して何年かすると、それぞれ別の相手と再婚した。杏が夏目のお義父さんと読んでいるのは、母親の再婚相手だ。奏は一度も会ったことがない。  夏目は小さな会社を経営しているのだが、どうやらこのところ経営がかなり苦しいらしく、杏に『大学進学は諦めて就職して欲しい。給料を家に入れて欲しい』と頼んできたそうだ。  奏は腹が立った。血反吐を吐いてでも子供の夢を叶えてやろうとしない夏目と母親に。そして、なにもしてやれない非力な自分自身に。  毎月の百万は杏の大学資金にして、残ったぶんは夏目に渡すつもりだった。

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