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二話 王子って実はスケベだったんですね 7

「杏、おまえ幼稚園の先生になるのが夢なんだろ。昔っから言ってたよな。大きくなったら幼稚園の先生になるんだって。幼稚園教諭の免許は大学とか専学にいかないと取れないんだろ」 「そうだけど……。でも、しかたないよ」  杏は大きな目を伏せた。長い睫毛が目の下に青い翳りを落とす。 「このタイミングでこんな話が舞いこんできたってことは、きっと神様が杏の夢を叶えてやろうとしてるんだよ。だから、大学にいって夢を叶えて、おれの夢も叶えてよ」 「お兄ちゃんの夢?」 「自分の子供を杏の働く幼稚園に通わせること。それがおれの夢なんだよ」 「えっ!? そんなことを言うってことは、ひょっとして彼女ができたの?」  杏は席から腰を浮かさんばかりの勢いだった。瞳が期待にきらきらと輝いている。 「……いや、できてないけど」  できる予定もありませんけど、なにか? 「なあんだ……」 「ま、まあ、おれの夢はともかくとして。おれはおまえに夢を叶えて欲しいんだよ」  頼んでいたパンケーキが届き、話が中断する。  奏が頼んだのはいちばんシンプルなもの、杏が頼んだのはたっぷりの苺とたっぷりのクリームが添えられたストロベリースペシャルという奴だ。  奏が頭で思い描いていたいわゆるホットケーキと違って、もっと小ぶりで厚みがあり、かなり柔らかいらしく、パンケーキ同士がくてっともたれあっている。 「うわあ……美味しそう!」  杏の瞳がふたたびきらきらと輝く。  どれどれとひと口食べてみると、口の中に優しい甘みがふわっと広がった。なんだこの柔らかさ。なにをどうすればホットケーキがこんなにも柔らかくなるのか。謎だ。  ふわふわパンケーキを食べながら、奏は杏を説得した。皿の上がわずかに残ったクリームだけになるころ、 「……わかった。進学することにする。ありがとう、お兄ちゃん」  やっと杏はそう言ってくれた。 「でも、私と夏目のお義父さんに全額使うのはだめだよ。自分のことにもちゃんと使って。毎月の奨学金の支払いはそこからすること。それとお金をあげるんじゃなくって、貸すことにして。契約書を作って、ちゃんと契約を交わさないとだめだよ」  しっかり者の妹はそうつけ加えることも忘れなかった。 「それにしても魔界の王子様かあ。どんな人なの?」  端的に言うのなら美形極まる尊大王子だ。 「そうだなあ……まあ、とにかく顔が良いよ。威厳があるっていうのか、思わずひれ伏したくなるっていうのか。十歳も年下なのに」 「へえ、格好いいんだ。会ってみたいなあ。私、魔族って会ったことがないんだよね。どこかですれ違ったことくらいはあるのかもしれないけど、見た目じゃわからないもんね。近いうちにお兄ちゃんの家に遊びにいくね」 「えっ」  杏をミハイエルに会わせたらいったいどうなるのか。無愛想だがそれを補って余りあるほどの美形である。ひと目惚れなんて事態もありえる。  万が一ふたりがおつきあいをはじめて、億が一結婚なんてことになったら、杏も王子の母のように魔界へいってしまうかもしれない。それだけは断固として阻止しなくては。 「いや、そんなわざわざ会うほどの相手でもないっていうか」 「会うほどの相手でしょ。お兄ちゃんとルームシェアしてるんだもん。魔族や王子様じゃなくっても気になるよ」 「いや、でも――」 「なによ、私に会わせたくない理由でもあるの?」  本音を話すわけにもいかず、奏はもごもごと口ごもった。

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