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第1話 那由太、お迎えされる・7

 月給五万なんて今時高校生のバイトよりも少ないけれど、何しろ俺は一千万という金額をこの人達に前借りしているも同然なのだ。お給料が出るだけ有難いと思わないと。  ボトルの水を飲みながら、刹さんが炎珠さんに頷いてみせた。 「オッケー。それじゃあ春沢那由太くん。契約書のここの部分にサインしてくれる?」 「はい」 「印鑑は持ってきてないよね? そしたら拇印でも構わないから──」  そうして俺は契約書に署名し、炎珠さん刹さんと固い握手を交わした。 「よろしくお願いします、炎珠さん。刹さん!」 「こちらこそよろしくね、那由太」 「俺に『さん』は付けなくていい。敬語はどっちでもいいけどな」 「そ、それじゃあ炎珠さんと刹、ですね。……それじゃあ、次はいつ来たら良いですか?」 「次?」  炎珠さんが目を丸くさせて俺を見る。 「ええ。だってここに通って働くことになるんですよね? 俺の方は明日からでも今日からでも構わないのですが──」 「そっか、那由太の住んでるアパートの解約手続きが必要だね。生活用品は全部用意してあるから、アパートに大事な思い出の品なんかがあれば取りに行かなきゃならないけど……」  炎珠さんの言っている意味がよく分からず、俺は黙ったまま首を傾げた。 「あの、……?」 「よし。それじゃあ明日、俺達も一緒に行って那由太のアパートから必要な物を持って来よう。大型家電は売っ払っちゃっていいよね。知り合いにリサイクルショップやってる人がいるから──」  ……俺の勘違いなら良いんだけど、何だか炎珠さんは「俺がここに暮らす」ことを前提に喋っているような気がする。まさかとは思うけど。 「えっと……じゃあ俺、取り敢えず今日の所は帰ります。また明日来ますので、どうぞよろしくお願いします」  言いながら立ち上がり、リビングのドアへ向かおうとしたが──急に腕を強く引っ張られ、体が後ろへ倒れた。 「うわっ……」  途中で止まったのは刹が俺の背中を支えたからだ。見上げる俺と見下ろす刹。黒ヒョウの鋭い目がじっと俺を見つめている。 「契約済みだ。許可なくここから出ることは脱走と同じだぞ」 「だ、脱走って……? 契約って、あれはっ……」 「那由太くん」  刹の背後で、炎珠さんがソファに座ったまま笑っている。 「俺達は君に一千万支払うんだ。金だけ払って逃げられたら困っちゃうんだよ」 「に、逃げません! 逃げる理由がないじゃないですか?」 「今の所はそうだろうけど、人の気持ちなんていつ変わるか分からないからさ。それに、せっかく迎えたペットをわざわざ脱走させるなんて飼い主失格でしょ?」  ──ペット。飼い主。  今、炎珠さんがはっきりそう口にした。 「ど、どういうことですか?」 「言葉通りだよ。……那由太、君は一千万と引き換えに俺達のペットになったんだ。君の仕事はここで俺達に『飼われること』。もちろん責任持って、一生涯──ね?」  動揺する俺の反応を楽しむように、こちらを見下ろす刹がニタリと笑った。 「……う、そ……」  こめかみを汗が伝い、心臓が破れそうなほど高鳴り出す。血の気が引いていく感覚があって、全身が氷水に浸されたように冷たくなった。  遠のいて行く意識の中、炎珠さんの声がする。 「大丈夫。那由太のことは責任持って可愛がってあげる。俺達は君を監禁して悪いことしようってつもりじゃないんだ。ただ君を可愛がって着飾らせて、王子様に仕える執事のように……君に仕えたいだけ」 「そ、そんな……こと」 「ずっと欲しかった可愛い猫を一千万で買ったって思えば安いモンだよ。──これからよろしくね、那由太」  そこで俺の意識は途切れた。

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