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第6話 発情期なんかじゃありません!

 朝。  一日一日と近付いている爽やかな夏の前哨戦とも言える、曇天の六月最中。 「おはようございます、炎珠さん」 「あ、おはよう那由太。今日は早起きだね」  キッチンでは今日も炎珠さんが俺達の朝食を作っている。今朝のメニューはスクランブルエッグとツナサラダ、ホットサンドメーカーを使ったこんがりトーストのサンドイッチ。 「何か手伝うことありますか?」 「ありがと! それじゃあ三人分の食パンにトマトとレタスとハム、挟んでおいてくれる?」  たまたま早起きしたからではなく、今日からなるべく炎珠さんの仕事を手伝うと決めたのだ。  お世話になっていることへの恩返し。昨日のオフ会で華深が言っていたことを、俺なりに実行しようと決めたのだ。 「後は何かありますか?」 「もう大丈夫だよ。あ、そしたら刹起こしてきてくれる?」 「はい!」  再び二階へ上がって一番奥の部屋のドアをノックし、返事がないのを見越して勝手に中へと入る。相変わらずモノトーンで仕上がった刹の部屋……大きなベッドの上で、その部屋の主が腹を出して寝ていた。 「刹、起きて。起きて下さい、朝ですよ」 「……うるせえ」  寝起きがあまり良くない刹は、誰であろうと眠りを妨げる者には悪態をつく。俺は溜息をついてベッドの上に膝で上がり、取り敢えずシャツを直して刹の肩を揺さぶった。 「美味しい朝ご飯ができてますよ。こんがりトーストサンドにトマトジュースも冷えてますよ」 「………」  薄っすらと開いた刹の鋭い目が俺を捉え、同時に腕を掴まれた。 「にゃん太か」 「そうです。炎珠さんに刹を起こすように言われたんで、起きて下さい」 「……にゃん太」 「んっ?」  寝ぼけているのか、刹が俺の腕を強く引いて抱き寄せ、腰にしがみついてきた。そのままベッドに押し倒されて刹の下敷きになってしまう。 「く、苦しいっ……! 刹、ちょっとほんと冗談抜きで起きて下さっ、……」 「あー、……クッソ突っ込みてえ」 「何がっ?」  寝言なのか本気なのか分からない爆弾発言に、ぶわっと汗が噴き出した。  ダメダメ、絶対。心の準備がまだ── 「せ、刹っ。気を確かに持って!」 「んん……」 「痛い、痛い痛い!」  思い切り力を込めて抱きしめられ、あちこちの関節が悲鳴を上げた。これは寝ぼけている方だ。毎朝こんな感じなのだとしたら、今まで炎珠さんはどんな風に刹を起こしていたのだろう……。 「はあ、よく寝た。飯できてんのか、にゃん太」 「……よく寝れたなら良かったです。ご飯できてますよ」  完全に目が覚めたらしい刹が、ベッドを降りてドアへ向かった。その後ろに続きながら俺はまだ心臓がバクバクしていて、妙に足取りがぎこちなくなってしまう。  どうにも華深と喋ったせいで、「そういうこと」を意識してしまっているらしい。  いずれその時が来ると予感はしているものの、それがいつなのか分からなくて毎分が緊張の連続だ。俺から言い出せるものではないから、二人に委ねるしかないのだけれど……。

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