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第6話 発情期なんかじゃありません!・2

「今日のトーストサンドは那由太が具を挟んでくれたんだよ」 「へえ。どうりで中身がはみ出てる訳だ。入れ過ぎだろどう見ても」 「すいませんね不器用で……」  ともあれ朝のニュースが流れる中、三人とも寝間着やパジャマのままで朝食を取る。外は曇っているけれどなかなかに爽やかな図だ。  実家にいた頃は家族全員で食卓を囲んでいたけれど、上京して約半年以上は何をするにも一人きりだったから、こうして誰かと一緒に同じ物を食べるというのは何だかんだで楽しい。 「今日は那由太の物を色々買いに行きたいんだけど。刹、車出せる?」  炎珠さんの言葉に、俺は手元のトーストから顔を上げた。 「ああ、ガソリン代払ってくれるならな」 「払うよ、そんくらい」 「で、出掛けるんですか? 俺も行っていいんですか?」 「もちろん。逆に一人で留守番させられないよ」  藤ヶ崎家に来て初めての外出。コンビニさえも一人で行かせてもらえていなかったのに。  思いがけない事態に頬が緩んでしまう。 「でも、俺の物を買うって……? もう充分に色々揃えてもらってますけど」 「可愛いの買いたいんだ。那由太に似合いそうなやつ」  可愛いもの──まさか、服じゃないだろうなぁ。 「覚悟しとけよ那由太。コイツが暴走したらお前は今日一日、着せ替え人形確定だからな」 「えぇ……」  何とも嫌な予感しかしないが、確か華深が言っていた。炎珠さんは好きな相手ほど「可愛い物」で囲みたい癖があるのだと。  ご主人がそうしたいと言うならば、着せ替え人形になることも俺のビジネスに含まれるのだろう。仕方ない……我慢するしかない。  そういう訳で俺達三人、刹の運転で大三元町の某巨大ショッピングモールへやって来たのだった。 「平日だから空いてるね。混んでたらどうしようと思ったよ」 「お前ならモール全体貸し切りにできる財力があるだろ」 「そんなことしないよ、いくら何でも」  何だか物凄い話をしている二人に挟まれながら、俺はきょろきょろと田舎者丸出しで周囲の店を見回した。  服屋も雑貨屋も家具屋もアクセサリー屋も、何でもある。ワゴンでホットドッグやチュロスも売っていて、遊園地のように楽し気な音楽が鳴り響いていて。  アパートとバイト先の行き来しかしていなかった俺は、これまでショッピングモールなんて来ることがなかったからめちゃくちゃ新鮮だ。カップルも家族連れも女の子の集団も、皆楽しそうに歩いている。 「炎珠さん、最初はどこに行くんですか?」 「俺の行きたい所は後でいいよ。那由太は何か見たい店ある?」  そこら中に魅力的な店はあっても、まだひと月も働いていないため俺は殆どお金を持っていない。それを言えば炎珠さんのことだから「何でも買ってあげるよ」な展開になりそうだけれど、そこまで甘えるほど俺は子供じゃないのだ。 「俺は大丈夫です。でも後でクレープは食べたいです」 「遠慮してやがる」  図星にビクリとした俺を見て刹が笑っている。 「い、いいんです。欲しい物は自分で稼いだ金で買うっていうのが俺の信条ですから」 「遠慮なんか要らないのに。……遠慮されると、まだ那由太に心を開いてもらってない感じがして寂しいよ」 「う……」  炎珠さんの天然わんこ顔に思わずたじろいでしまい、俺は両手をもじもじと合わせながら「えーと、うーんと」と言葉を探した。 「あっ! そ、それじゃあアレが欲しいです。お風呂が泡になる入浴剤! 昨日テレビで見た時、凄く気持ち良さそうだったから……」 「バブルバスか。確かに入浴剤とか、あんまり使ったことないもんね」  それは盲点、と炎珠さんが顎に指をあてて宙を見つめる。 「甘ったるい匂いのヤツとかは嫌だぞ」 「刹の好きそうなミントの香りのとか、あるといいんですけど」 「この時期、湿気でべたつくからミント系のバス用品は色々ありそうだね。時間はたくさんあるし、ゆっくり探してみようか」  良かった、とホッと胸を撫で下ろす。入浴剤ならそこまで高価じゃないだろうし、俺も本当に欲しかった物だからお互い微妙な気持ちにならなくて済む。……物をねだるって、何か苦手だ。

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