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第63話

 こんなものか。  朝起きて、洗面所の鏡とスマホのカメラ機能とを使って、首の後ろを確認する。ほんのりと赤らんでいるようないないような。  ベッドに彼の姿があっても、現実のような気がしなかった。  彼のコートのポケットが、さっきから何度も点滅しているのに気がついた。ちらりと見ると、ものすごい数の着信があって、今まさにまた一件、スマホが震え始めた。 「亨……ちょ、ちょっと大変!」  今日もまた挨拶回りとか、やらなきゃならないことがたくさんあるんじゃないだろうか。よく考えたら彼は昨晩、事務所をこっそり抜け出してきたのだ。彼を探して皆大慌てしてるんじゃないか。抜け出して何をやってたかって、発情期のオメガとヤってつがいになっちゃいました……って、朱莉がさぎみやはるこの立場だったら激怒する。ただでさえ『由緒正しくない』オメガなのに、心証悪すぎだ。  朝に弱いのか、発情の熱が抜けきらないオメガ並みにぽやぽやしている亨のケツを叩いて、支度を調えさせる。 「分かってると思うけどさ、俺らがつがいになったってこと、まだ誰にも言うなよ」 「えっ」  こんな素晴らしいこと今にも誰かに伝えないと、みたいな顔をしていたから、釘を刺しておいて正解だった。 「そうじゃないと、せっかくのさぎみやはる……センセイの当選が霞んじゃうだろ」 「母はもう四選目ですし、今さらたいしておめでたくもないですよ」 「何でも発表するタイミングってのがあるだろ。分かるだろ、秘書やってんなら」  ばしん、と背中を叩く。  いってらっしゃい、と送り出そうとして……  自分でも何故、そんなことをしてしまったのか分からない。荒っぽく叩いた背中に、次の瞬間、そっと頬を寄せていた。  彼が振り返りかけたタイミングで、背中を押した。  無意識のうちに手を首筋にやってしまう。  散々迷った結果、結局いつもどおりの服を着て出勤することにした。  皆がうなじを見ているような気がする。でも職場でも誰にも気づかれることはなかった。ほっとしたような、物足りないような……

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