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第62話
デキちゃったら困る。という主語に自分を置いたことがなかったから、ハッとした。困る……ん、だろうか、果たして。
子どもをうむとかつがいになるとか、自分には無縁だと思っていた。卑下している、というのとはまた別な、それこそ運命のように、自分とつがいになりたいアルファなんて現れないと思っていたし、子どもの方から、自分みたいな親はお断りだろうと思っていた。だけどそれが叶えられるとしたら。一体他に何が障害になっているんだろう。
「それって、どういう意味で言ってる……っていうか、どういう意味か分かってる?」
「分かってますよ。それくらいはもちろん。何も考えないで言ったんじゃないです。朱莉さんとつがいになりたいと思っています」
「つがい、って、そんな急に……」
「急じゃないです。ずっと前から思っていました」
「思ってたかもしれないけど、言うのが急なんだよ。てか今? 何で今? 遅すぎるし、早過ぎるんだよ」
「遅すぎる……」
「どうせならさっき、ワーッと盛り上がったタイミングで言ってくれりゃよかったのに。絶頂した瞬間うなじを噛んでくれりゃよかったのに。それかもっとちゃんと段取った上で告白してくれりゃよかったのに。こんな半分興奮の余韻が残ってて半分冷静、みたいな感情で上手く受け止められねえよ。そういうところだよ、あんたのそういうところが……。大体本当にいいのかよ。つがいになりたいーって気持ちだけで許されるのかよ。俺なんかで、あんたの周りが本当に了承するのか」
「周りが反対したからといって気持ちは変わらないです」
「きれいごとだよ」
「周りにどれだけ勧められても受け入れられないものは受け入れられませんでしたから。それと同じことです」
思った以上に頑固だった。
その頑固さをもっと別のところで発揮してくれればいいのに。
「いいのか。本当に。本当にいいのか。まだ一回……さっきやったばっかなのに。ていうかさっきやったから舞い上がってるだけなんじゃないの。まだ分かんないじゃん。相性……とかそういうのも含めて。本当に後悔しないのか」
「不思議なことを仰いますね。後悔するような相手となら、そもそも一回もないです、私は」
「重い……」
そう言いながら、彼の胸に飛び込んでいた。容赦なく全体重をかけても、軽い、と、彼は笑った。
「後ろ、向いてくださいますか?」
たとえばキスでとかセックスでとか、たとえば噛む場所が胸だとか臍だとかちんこだとか。そんなのだったらここまで覚悟はいらなかったと思う。ここまで、つがう、という行為を意識しなかったと思う。
後悔しないのか……?
彼に投げかけただいぶあとになって、自分のことを考えている。川澄朱莉、お前は後悔しないのか?
決意を揺らがせているのは、後悔する材料がちっとも思いつかない、ということだ。選んだ選択肢が、妥協の結果、なんかじゃないということだ。どこか落とし穴があるんじゃないかと慎重になって、でも何も見つからないのがこんなに怖いなんて。いっそ分かりやすい穴が見つかった方が安心できるなんて。幸せが怖いなんて。
朝目覚めたとき、まさかこんな一日になるなんてどうして想像できただろう。寝る直前まで、こんなこと想像していなかった。
「まさかこんな日になるとは思ってませんでした」
思っていたことと同じことを言われて、思わず笑ってしまった。こんなところで相性のよさを発揮しなくたっていいだろう。
「盆と正月が一気に来た、って、こういうのを言うんでしょうねえ……」
「選挙に当選したのとつがいになるのとを盆と正月に喩えんなよ」
つがいになる。
自分で言葉にしてようやく、覚悟が決まった。
うなじにふれるものを感じて、目を閉じる。
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