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第61話
とおる、とおる、とおる、と連呼しながら腰を揺らす。
気持ちよくなりたい。ふたりで一緒に気持ちよくなりたい。与えるとか与えられるとか性欲処理とか快楽とかそんなんじゃなく。
「朱莉さん」
時々、彼は、とんでもないホームランを放つ。
とおる、と一回呼び返す、それだけじゃとても追いつかないものを。
ふれてないところはないくらいに肌を重ねて。それでも埋めきれなかったものがようやく、すべて満たされた感じがした。
「朱莉さん、朱莉さん……」
呼ぶのに合わせて腰の動きが速くなる。
朱莉、で別にいいのに。そうじゃないと何かフェアじゃない……
伝えると、分かりやすく眉毛がハの字になった。
「慣れなくて、どうも、呼び捨てにするのに抵抗があって……昔から……同学年に対しても、他の子たちがしているような呼び方がどうしてもできなかったんです。自分なんかにそんな風に呼ばれたくないだろうな、とか……。距離感が、よく、つかめないんです。アルファだ、っていうのも、議員の息子だ、っていうのも、ひとを遠ざける要素しか自分にはない気がして。気を抜くと『上から』と言われてしまう。でも一方で、アルファとしての資質がない、とも言われたりして。何を求められているのか、何をしたらいいのか正直、分からなくて」
「だからそういうところだよ。ひとのケツにちんこ突っ込みながらするような話じゃないだろそれ」
「すみません。でも何か、今なら言えそうな気がして」
「そういう文句を言う奴らは結局、亨が何をやったって満足しねえんだよ。だから考えるだけ無駄だ。そんなことより俺の求めてることをやってくれよ」
「朱莉さんって……何て言うか、朱莉さん、って感じですね」
「ちなみに俺が亨、って呼ぶのは、上からじゃない」
「ええ、それはもちろん」
何度か練習させたが、結局『さん付け』は取れなかった。へこへこと腰を振ることよりも、呼び捨てにする方が恥ずかしいなんてどうかしている。
でも実は彼に「朱莉さん」と呼ばれることは、そんなに嫌じゃなかった。
朱莉のことを呼び捨てにするひとは多くいた。でも「朱莉さん」と呼ぶひとは、そういえば今までに誰もいなかった。彼だけだった。
脚を彼の腰に絡めて、これ以上ないくらい密着した。どれだけくっついてもくっつき足りなかった。粘膜と粘膜。それ以上もっと、深いところはないのか。そこを過ぎるともう一足飛びに、心と心、とかになってしまうのか。
抱え上げた脚が、亨の動きに合わせて揺れる。絶頂した瞬間、ふたりとも声が出なかった。ひっ、と一度しゃくり上げて、それから息も、時間も止まった。がくん、と、腕の力が抜けたらしく、彼の重みをダイレクトに感じる。すみません、と吐息が耳を掠める。
「あ……」
その息にまた、ぞわりと全身が粟立つ。首筋に唇の当たる感触。彼に合わせて朱莉もはあはあと、本当はとっくにおさまっていたのに荒い息を吐き続けた。そうでないと、おさえることができなかった。噛んでほしい、という欲望。微かに当たっているその歯を、もっと奥深くまで食い込ませてくれたなら。つがい、になれたなら。
しかし「すみません」と彼は身体を起こした。「重かったですよね」
違う。
謝るとこはそこじゃねえんだよ。
「ああ、重い」
でも言えないから、げしっ、と太ももを蹴った。
「でも身体より、心の方がもっと重いけどな」
えっ……と彼は続きを聞きたそうだったが、振り切って立ち上がった。寝ていた姿勢から一気に立ち上がったせいでくらりとしたが、踏ん張って耐える。
キャビネットからアフターピルを取り出す。視線を感じたので、避妊薬だよ、と応える。
「避妊……」
「デキちゃったら困るだろ」
すると彼は何故か寂しそうな顔をした。
「私は困りませんけど」
「何言ってんだよ」
「朱莉さんは困りますか?」
「困……」
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