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第83話
「朱莉さん」
いつの間に風呂から上がっていたのか。後ろに亨が立っていた。ごく自然に、手から週刊誌を抜き取られていた。
「亨、これ……」
朱莉が口火を切らないとずっと沈黙が続く気がした。
「最近ずっと帰りが遅かったのって、これが原因?」
肯定するように、亨はゆっくりまばたきした。
そして一度は朱莉から隠すようにした週刊誌を、再びローテーブルの上にひろげた。
「大丈夫……なのか、これ……」
大丈夫、と言ってほしいがために言っていた。
「嫌な言い方をすれば、証拠はないですからね。申請の仕方はどうであれ水増ししていたのは事実ですから。週刊誌もひらき直りの逆ギレを面白がっているだけでしょう。後援者を失ってしまうのはつらいですが、それほど票を集める力があるわけでもない」
享がそういう言い方をするのはめずらしいと思った。そうでもしないと奮い立たせられないのだろうか。
週刊誌の上に、もう一枚、一部の記事をコピーしたものを享が置く。
「それよりもたぶん、こっちの方がいろいろ厄介になる気がしています」
《人権派市議の裏の顔。海外で極秘出生前診断・中絶! 子どもはアルファじゃなきゃ意味がない……自分さえよければそれでいいのか》
過激な文言が踊る記事。
読んでいいものか迷ったが、享が石像のように動かないので、おそるおそる手に取る。
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