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第112話

「享と出会う前に俺は、子どもを堕ろしたことがある」  車のボディに映る、歪んだ自分の姿をぼんやり見下ろす。 「しかも、二回」  歪んでいるのは自分だけで、どんな曲面にも、享はまっすぐ映っているように見える。 「一回目は、育てられなくて。高校生だったから当然、周囲から猛反対で。二回目は、誰の子か分かんなくて。大学のとき、ヤケになって、アルファなら誰でもいいってヤりまくってた時期だったから……。だから、いらない、って、堕ろしたんだ。俺は享のお母さんと同じことをやったんだよ。いや、俺の方がよっぽどひどいことをやったんだ。うまれてくる子どものことなんてちっとも考えちゃいなかった。自分のことだけを考えて、いらない、って捨てたんだから。だからこんな俺が、子どもが欲しかったとか言う権利なんてないんだ」 「朱莉さん」 「俺は……俺はこんな最低な奴なんだよ。オメガであることで傷つけられてきた、って散々被害者ぶって、でも一番自分がひとを、傷つけてきた。蔑ろにしてきた。亨が一番嫌いなことをずっとやってきたんだ。だから俺は亨と一緒にいる資格なんてない。幸せになる資格なんてない。ないんだよ、本当に……!」  愛される価値なんて。  という言葉は、亨の胸に吸い込まれた。  抱きしめられていた。今までで一番、容赦のない力で。その力強さに思わず息も、涙も止まった。  どれくらいそうされていただろう。ようやく離されてもまだ、抱きしめられているような感じがして動けなかった。 「今までのことは今までのこととして、反省すればいいと思います」  今度は亨の声に抱きしめられる。 「私が何を言ったところで、朱莉さん自身が納得されないと思うから。けれどゆかりが亡くなったことや、もう子どもが望めなくなったことは、決して朱莉さんのせいなんかじゃない。今までのこととはまったく関係がない。ましてやこれからの幸せについては、誰にも何も言われる筋合いなんてないです」

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