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第140話
市内を巡っていると、「よろしくお願いしまーす!」「よろしくお願いしまーす!」と、あちこちから鬼気迫る候補者の声が聞こえ、最終日であることを実感する。しかし亨と出会い、この世界を知るまでは、こんなことが行われているなんて意識したこともなかった。そんな朱莉と同様に、今だって、「何かいつもよりうるさいな」程度に思っているひとが、ほとんどだろう。何やってんだろう、と冷めた目で見ているひとが、ほとんどだろう。それでもいい。誰かひとりにでも届けばいい。百人に一人、なんて贅沢なことは言わない。千人に一人。一万人に一人……いや、いっそ届かなくたってかまわない。全身全霊を振り絞って、そのあとに待ってるものを見たい。
亨が車から降りている間、代わって朱莉が、「あと一歩、もう一押しのご支援を、鷺宮亨に与えてください!」と声を張る。「彼にはやり遂げる力があります。どうか皆さまのお力で、鷺宮亨を市政の場に送り出していただけないでしょうか!」
詳しいことは分からなかったが、前回の選挙で各政党が獲得した票数から見て、一万票ほどの差をつけて勝つのではないかと見込んでいた。けれど街へ出れば出るほど不安になり、挨拶をすればするほど、もっとやれることはないのかと思ってしまう。
「選挙戦、あと残すところ一時間ほどとなりました。鷺宮亨、皆さまに最後のお願いを申し上げます。何としても、咲田市のバース改革をやり遂げたい。ぜひ、皆さまの大きなお力、最後の一押しをお願い申し上げます!」
亨の声はもう、ガラガラだった。なのに力強さは増していた。そんな亨を少しでもカバーしようと、一緒に選挙カーに乗って声を張る。
「咲田市の未来を、鷺宮亨に託させてください!」
繰り返していると、享と自分の声とが重なるような気がしてくる。
青から橙、橙から濃紺へ、空の色がじわじわと移り変わっていくのを、ことさらに意識する。
空の明るさと入れ替わるようにして、外灯や、マンション、住宅街の明かりが灯りだす。
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