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第142話
投票日は、昼まで寝ていた。すべてのエネルギーを使い果たして、享とともに屍だった。昨晩は朱莉も、「有り難うございました」「有り難うございました」と、亨に負けない数の握手を、支援者のひとたちと交わした。
本当はどうでもよくはないけれど、昨晩ベッドに倒れ込んだ瞬間は、結果のことなどどうでもよくなっていた。やりきった、という達成感。どうせならこのままずっと、結果なんて出てほしくない。どうして投票日は、選挙運動が終わった翌日なんだろう。テストが終わった次の日に結果が帰ってくるみたいだ。
本当は九時に一度目が覚めていたけれど、亨が目を覚まさなかったので、また瞼を閉じた。次に目をあけたら、十二時前になっていた。朱莉よりほんの少し遅く、でもほとんど同じタイミングで亨が目をあけた。目が合ったので、「おはよう」と声をかける。噛みしめるように。
「おはようございます。もう朝ですか」
「朝っていうかもう昼だけどな」
慌てて起きるかな、と思ったけれど、亨は手を伸ばして、朱莉の手を握ってきた。
指の組み方を三度ほど変えて、握り合う。亨の親指が、朱莉の親指のつけ根を何度も撫でさすっている。
セックスではないけれど、でも友だちとか、知り合いとか、セフレとかとはできないことをしている。
メディアの前で、大勢のひとの前で演説していた『市議会議員候補』の彼と、今ここで、こうやってじゃれ合っているなんて信じられない。
ほら、起きよう、と、亨の肩をぽんぽん、と叩く。素足に感じるフローリングが気持ちいい。シャッ、とカーテンをあけると、部屋が一気に明るくなった。
いつもはパンだけれど、ご飯をあたため、味噌汁と卵焼きと磯辺揚げを作った。ご飯の一粒一粒が、味噌汁の出汁が、じんと染みる。揚げたての磯辺焼きを二人して囓る音が、しゃこしゃこと静かなリビングに響き渡った。
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