男女の他に第二の性が人々の中に生まれるようになって、果てしない時が流れた。今や第二の性は誰もが知っている常識的なことになっている。 　頭脳も運動能力もずば抜けており、世の中を動かす立場にあるアルファ。可もなく不可もなく、唯一フェロモンの匂いを纏わないベータ。そして、妊娠に特化し唯一アルファを産むことができ、性衝動を誘発させる発情期をもつオメガ。 　発情期は大抵一週間続き、そのために社会ではまだまだ差別を受けてしまうオメガも、その優秀さゆえに社長や政治家に多いアルファも、総じてみれば人口のほんの一握りだ。人口の大半はベータである。だがそんな世界の頂点に立つ、所謂〝アルファの中のアルファ〟はたった三人だけ。大公と呼ばれる彼らの頭脳や身体能力は他のアルファとは比べ物にならないほどであった。それほどに強い力を持つからか、大公の子供は運命の番であるオメガでなければ産むことはできない。 　次代の大公を産むため、この世界の均衡を保つため、国は血液検査をして大公の運命の番を探すのだ。適合したオメガは幼い内から家族と引き離され、大公邸で育てられることとなる。 　既に出雲大公には三人、駿河大公には一人の子供が生まれている。そして長く見つかっていなかった志摩大公もようやく番と結婚し、先ごろ元気な赤子が産まれたと報道され国中が歓喜に包まれた。 　産まれた大公の子は一度だけお披露目されるのが習わしで、四ヶ月経った今日が志摩大公の子のお披露目の日だ。国民はこの日を待ち望み、お披露目される別館の広場には多くの報道陣がカメラを構え、国民も詰めかけてきていた。それは広場を埋め尽くさんばかりの勢いで、人々は数段上がった場所にある玄関扉を今か今かと見つめている。 　多くの人が待ちわびている声が、部屋の中にも聞こえてきていた。志摩大公の運命の番であり、幼き日に父親がデータを改ざんしたために二十七歳という異例の遅さで大公邸に入ることとなった楓は、ゆったりとソファーに座りながらその腕に生まれたばかりの我が子を抱いていた。 「倖陽、皆があなたを待っていますよ」 　ツンツンと優しく倖陽と名付けられた我が子の頬を突くが、そんな指も表の歓声も何も知らないとばかりに倖陽はスヤスヤと眠っている。倖陽にとって、楓の腕の中が一番安全で心地よいのだろう。