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「元」運命の人はこう言った。#2

「なにしてるんですか、所長」  天馬はソファから体を起こして、「なんでもないよ」ととぼける。  見られた。天馬さんにご迷惑を……!? 違うんです、と言おうとして声の主の顔を見た村岡は、驚きのあまり、出かかった耳も尻尾も出ないまま止まってしまった。 「た……達樹(たつき)!?」  村岡の顔を見て、水城(みずしろ)達樹は「お」と言った。 「征治か。久しぶりだな。こんなとこでなにしてるんだ?」 「そ、それはおれのセリフだよ! 達樹こそなにしてるの? て、天馬さんとどういう関係……!?」 「おれ、ここで働いてるんだ」  さらっと言った水城に、村岡はまた目を剥く。 「え? 前まで医療機器メーカーのリーマンだったでしょ? それが、なんで……?」 「まあ、いろいろあってな。元気そうだな、征治。変わってないな」 「達樹こそ……全然変わってない」  指通りのいい黒髪に、切れ長の二重の目。すっきりと通った鼻筋が、品がいい。それに肉感的な唇と、色気あふれる芸能人並みの美男だ。それだけでなくオーラも芸能人並み。身長は村岡より低いが、すらりとして姿勢がいい。黒いTシャツの袖から、細身だが筋肉がしっかりついた腕が伸びている。村岡の九つ上の三十三歳だ。  正直、この人探偵事務所で仕事ができるんだ、と驚きだった。だって絶対目立つだろう。 「水城君には主に事務と経理を担当してもらってる。たまに、尾行とかにも出てもらうけど。ものすごく有能な人で、とても助かってる」  天馬は身軽に起きあがって、またコーヒーを淹れはじめた。 「水城君も飲むか?」 「いただきます」  口をぱくぱくさせている村岡のほうを振り向いて、天馬が尋ねる。 「知り合いなんだな。詳しく聞かないほうがいい?」 「あ……えっと、昔の彼氏、です」  そして、元「運命の人」です。……とは、言わなかった。水城の整った眉のあいだにかすかな皺が寄った。 「征治、そういうこと人前で言うなって昔言っただろ。所長は偏見ない人だからいいけど」 「あっ、ごめん! ごめんね。うん、おれも油断してた」 「気をつけろよ、ほんとに」 「ごめんね」  二人のやり取りを見守っていた天馬はたしかに偏見がないらしく、自分の事務所の所員がかつて男と付き合っていたと知ってもたいして動じていないらしい。コーヒーをなみなみ注いだスター・ウォーズのマグカップを差し出しながら言った。 「はい、コーヒー。水城君はなんでここに来たんだ? 今日は事務所、休みにしてただろ?」 「残りの仕事をちょっと片付けたくて。台風だと誰も出社してないと思って、来ました」 「そっか。おつかれさま。車?」 「車です」 「じゃあ悪いけど、頼まれてくれないか? 村岡さんを家に送ってあげてほしいんだ」  水城と村岡が顔を見合わせた。 「おれはいいですけど」  あっさりうなずく水城だが、村岡は内心、ここにいたいと思っていた。もっと親しくならなければと、焦っていたのだ。  だが、天馬は村岡の焦りに思い至らない。 「いいか? 村岡さん。水城君、運転上手いから」  そんな問題ではないのだが。だが、村岡も折れた。 「……わかりました。ごめんね、達樹。送ってもらえる?」 「いいよ。所長はどうします? たしか昼に飲み会があったんですよね? 送りましょうか? あ、でも車はここの駐車場にありましたね」 「おれはいいよ。明日の朝、乗って帰るから。村岡さんだけ送ってあげて」 「了解です」  村岡のほうを振り向くと、水城は甘く美しい笑顔で笑いかけた。 「じゃあ征治、ちょっと待っててくれ。二時間くらいで終わらせる」 「……わかった」  そのあと水城は仕事をはじめたが、天馬は村岡を気遣っていっしょに仕事をすることはなく、話し相手になっていた。  水城が聞いていることを意識してしまう。本当は「運命の人」として天馬を説得し、口説きたい村岡だったが、それができないでいた。ただむにゃむにゃと、図書館の仕事の話や、好きな本、児童書も好き、という話から、自分は児童書担当であるということ、子どもが好きだということ、将来の夢はパートナーといっしょに養子をもらって育てたい、という話をしていた。  おれ、夢見てるな……と暗い気持ちになって自嘲する。同性愛者がパートナーと子供を育てるなんて、なかなかすんなりいく話ではない。それどころか二十五歳の誕生日を迎えた瞬間、犬になるかもしれないのに。いや、その確率のほうが高い。  天馬は真剣に話を聞いていた。あいづちを打ち、同性愛者が生きやすい社会になればいいな、と話したが、村岡が犬になる可能性はすっかり忘れているような口ぶりだった。  ただ、そんな雑談で終わるのかと思いきや、天馬は人探しをするという約束を忘れていなかった。 「きみの探している人の特徴を紙に書いてくれないか?」  そこで、村岡は紙に「魔女」の情報を書いた。茶褐色の髪、ショートカット、色白、そばかすがあった、目が大きくてものすごい美女。小柄で華奢。だが、それは村岡が生まれる、二十四年前の情報だ。今はどうなっているかわからない。  参考になればとイラストも描き添える。とはいえ、絵は得意ではない。一生懸命思いだしながら描いたが、むしろ混乱させてしまうかもと不安になった。  天馬はありがとうと言って、紙を受けとった。  いつのまにか二時間経っていた。 「仕事、終わったぞ。帰るか、征治」  水城に呼ばれて腰を上げた。名残惜しく天馬のほうを振り返る。 「じゃあ、帰ります」 「ん。気をつけて。あ、連絡先、交換しないか?」  その言葉がひどくうれしい。村岡は喜びいさんでスマートフォンを手にした。二人の様子を、水城が真面目な顔で見ていた。

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