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「元」運命の人はこう言った。#3
水城の車に乗り込む。白の軽自動車だ。ほのかに、いい匂いがする。オレンジ色でクマの形をしたエアフレッシュナーが吊り下げられていた。そのせいらしい。水城の匂いではないのだ。シートベルトを締める村岡に、水城が言った。
「もうおれのそばにいても、耳と尻尾は出ないみたいだな」
「……もう、運命の人じゃないから」
窓の外を見る。吹き飛ばされていくうどん屋の看板が見えた。思わず青くなる。
「この車、大丈夫?」
「ビビんなって。大丈夫だよ」
エンジンをかけると、車はなめらかに豪雨の街に走り出していく。電線や街路樹が風に嬲られ、激しく揺れている。心なしか、車の揺れも大きい。だが水城はスピードを上げる。法定速度は守っているが、とにかくその上限ぎりぎりまでスピードを出している。とりあえずは、スリップもせず走っているようだ。たしかに、運転が上手い。
「久しぶりだね、達樹」
スリップや横倒しに怯えながらも、口火を切ったのは村岡からだった。
「会えて、すごくびっくりした。まだ、スター・ウォーズのカップ使ってくれてるんだね」
「ああ。征治とおそろいで買ったニットキャップも押し入れにしまってるよ」
「……会いたかった」
ぽつりとつぶやくと、水城は鬱陶しそうに片手を振った。
「そういうのはいいって。彼氏できたか?」
「できてない。達樹と別れたあとに付き合った人もいたけど、別れたよ」
「どうせおまえの体狙いだよ。……なあ、まだ呪いに掛かってるのか?」
ハンドルを切りながら尋ねる水城に、村岡は正面の道路から目を背けながら(スリップしないか怖かったのだ)うなずいた。
「まだ、呪いに掛かってる」
「運命の人を相手に、童貞卒業しなきゃいけないんだろう?」
「そう。……運命の人はいたけど、めちゃくちゃ難しそう」
「へえ。いたのか。誰?」
「……」
「誰だよ」
「天馬さん……」
ごふっ、と水城がむせた。
「あの人か……! あ、だから征治は事務所にいたのか。あの人、難攻不落の城だぞ」
「わかってる。ノンケでしょ?」
「だし、デカいしゴツいし、征治にあの人が押し倒せるか?」
「押し倒すのは、できるよ。そういうのはプロレス技だから。おれ、運命の人に会ったときのために、イメージトレーニングしてるんだ!」
「どんな?」
「まず、親しくなって、メールの交換とか電話して、仲良くなれたら好きだって告白する。それからデートして、手を繋がせてもらったりとかキスさせてもらったりして、家に招んでもらって、最終的には筆下ろしさせてもらう」
「いや、それをどれだけの短期間でするつもりなんだよ。おまえの誕生日、来月だろ?」
「そ、そういうのって時間かかるの?」
「そんなまどろっこしいことはせず、睡眠薬かなんか盛って、掘っちまえよ」
「で、できないよ!」
顔が青くなる。
「達樹も知ってるでしょ? おれ、元カレにレイプされかけたことがあって……そういう、レイプとかは絶対だめ。ものすごい傷を負わせることになるんだよ? それに、呪いを解くには愛のあるセックスじゃないとだめなんだ」
「わかったよ」
水城の声は気だるげだった。
「じゃあ、どうするつもりなんだ?」
「……どうすればいいのかな……」
両手に顔を埋める。ますます、むりだ、おれは犬になるしかない、と絶望的な気持ちが込みあげる。水城は完全に他人事だ。
「正攻法でいくなら、好きになってもらえればいいんだろうけどな。でもあの人、噂だと過去の失恋を引きずってるらしいぞ」
「それは、なんとなく聞いたよ。……むりかな、やっぱ」
車が大きく横揺れする。道に転がった、仔犬の胴体ほどもある太い枝をよけたのだ。
「そうだな……いっしょにゲイビでも見て、所長を慣らせば?」
「げ、ゲイビ……!?」
車体がまた一度、激しく揺れる。今度は急に飛び出てきた猫をよけたからだ。また元のように安定を取り戻すと、水城はさらりと言った。
「そう。所長はノンケだ。男同士のあれこれには耐性がない。だから、慣らす」
「で、でもおれの持ってるゲイビ、全部ハードなんだけど……」
「征治は淫乱のドすけべ野郎だからな。おれが持ってるソフトなやつ、貸してやるよ」
「いいの? じゃあ、おれもその作戦で頑張る!」
気合を入れるようにぎゅっと拳を握った村岡に、水城の口元に笑みが浮かんだ。
「頑張れよ征治。でないと、おれが先に奪うぞ」
「……え?」
「おれも所長のこと、狙ってるんだ」
「ええ!?」
声が裏返る。水城はハンドルを握ったまま、くつくつと笑った。
「おれがあの事務所に入ったのは、所長狙いだからなんだよ。だからわざわざ転職までしたんだ」
「嘘……!」
「ほんとだよ。所長の厚い胸板、最高だよな。腰も太くて。それに知ってるか? シックスパックなんだぜ」
唾液を飲みこむ村岡。思わず天馬の裸を妄想した。
「て、天馬さん、シックスパックなの……?」
「ああ。征治、前に言ってたよな。腹は割れてるほうが好みって。社員旅行の温泉のときに見たけど、見事に割れてた。あれで四十三ってすごいよな」
「裸、見たの? い、いいな……。し、下は……?」
「ドすけべ野郎め。自分で確かめろよ。とにかく、おれは所長を狙ってる。おれだって頑張ってるんだ。休日に出勤して、頼れる部下ってことをアピールしたりな。だから征治……急がないと、おれが先に掘るぞ」
「が、頑張る……!」
士気をあげる村岡である。ふと、車が停まった場所を見て驚いた。見知らぬマンションの駐車場だ。マンションは築浅で快適そうだったが、特に印象に残るかんじではない。
「あれ? ここ、おれのうちじゃない」
「おれのマンションだよ。ゲイビ、貸してやるって言っただろ」
「あ……そうか。ありがとう、達樹」
ふにゃっと笑う村岡に覆いかぶさり、水城はその唇に口づけた。
「んむ……!」
舌が中に入ってくる。ねっとりと絡められ、口蓋を甘くなぞられて、背骨に熱く淫らな電流が走る。くちゅくちゅと舌を吸われ、軽く噛まれて、息を食むように舌を挿れて深く揺さぶられた。
「んぅ……、ちゅ、は……っ」
ぶるぶるっと震えて、村岡の股間は硬くなりつつある。懐かしいキス。性欲だけのキスだ。この人は自分の同類だと、昔のように体が安心した。思わず、水城の体に抱きつく。水城の手が村岡の腿を這った。煽るように股間のつけ根まで攻めていく。ぞくぞくと、体が淫らに色を変えてゆくのだ。
唇を離し、うるんだ茶色の目を見つめて、水城が笑った。
「作戦に協力してやるから、な? 久しぶりにしたいだろ?」
決して「させてくれ」とは言わない水城に、変わらないなと村岡は笑って目を細める。その、笑みが浮かんだ口から唾液がたらりと垂れた。
「おれがケツを掘るときのポイントを教えてやるよ。どう声を掛ければいいのか。どうほぐせばいいのか、とか。……な?」
その「な?」で、すべてがどうでもよくなる。蛇のような目を見つめながら、村岡はこくりとうなずいた。
そのあと、三時間かけてぐちょ濡れセックス地獄に堕ちた。
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