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挑戦に次ぐ挑戦#1
翌日の土曜日。台風は太平洋側に抜けて、蒸し暑い晴天が戻ってきた。
天馬の自宅に、村岡がやってきた。
「あがって。適当に座ってくれ。フルーツティー作ったから、飲むか?」
ネイビーに白いドットが散ったエプロンを身につけ、天馬がキッチンから顔を覗かせる。緊張で、村岡は手土産のマドレーヌを出せないままでいた。リビングダイニングキッチンに置かれた、アイボリーの三人掛けソファに腰を下ろす。
リビングダイニングはエアコンが入り、快適な温度だ。マンションの、天馬の部屋は事務所と同じように整理が行き届いている。だが、生活感のない水城の自宅とは違い、ボブ・ディランのCDやタブレットがテーブルの上に置きっ放しになっていたり、ゴミ箱がいっぱいになりかけていたりと、「隙がある」家だ。かえってそれが心地よかった。
「はい、お待たせ」
天馬が運んできた漆塗りの盆の上には細長いグラスが載っていて、苺やパイナップル、オレンジ、マンゴーのフルーツが浮いたアイスティーが注がれている。ちょこんと乗ったミントの葉が爽やかだ。
「う、美味そう……」
目を輝かせる村岡に、天馬は笑った。
「最近のお気に入りなんだ。……ん? 土産? 気を遣ってくれてありがとう。開けて食べような」
マドレーヌを手渡すと、天馬が微笑む。突然、家に行っていいかと言われたときには驚いたが、やっぱり悪い子ではない、むしろいい子だなと思う。マドレーヌの箱を食卓テーブルの上に置き、中身を出して、皿に盛りつけた。
その皿をソファの前のローテーブルに置き、村岡の隣に座る。村岡はなんだか仔犬のようにふるふると震えている。
「あの、天馬さん……。今日は、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる姿に微笑んだ。
「ん、おれもちょうど暇だったし。ところで、おれに頼みたいことって?」
「あの……えと、その……おれが持ってきたあるものを、いっしょに観てほしいな、って……」
「あるもの? なんだ?」
村岡はひとしきりもじもじしたあと、床に置いた黒いバックパックの中から袋を取りだした。赤いビニールでできており、ラッピングのときに使うと思しき袋だ。そして、その証拠に袋の表には「Merry Xmas」と書かれており、ベルと柊のシールが貼られている。
「なんだ?」
手を伸ばす天馬。村岡はもじもじしている。そのとき、Tシャツの隙間から鎖骨が覗いた。天馬は「あ」と思った。
キスマーク。
歯型と、内出血の痕がついている。よっぽど強く噛んだのだろう。縁は薄紫、中心が赤くなっている。
さりげなく目を逸らした。村岡は気がついていない。ごそごそと、袋の中に手を入れて「あるもの」を引っぱりだした。
「これっ……げ、ゲイビ、なんですけど……」
「ゲイビ? って、ゲイ向けのAVか」
手に取って、しげしげと眺める。短髪、強面、でも美男の青年が、黒いボンデージを身につけ微笑んでいるパッケージだ。裏返すと、作中の各カットが載っている。パッケージの青年がバイブで責められている写真も載っており、天馬はすっと目を逸らした。
緊張で心臓が口から出そうだ。村岡は真っ赤になり、天馬の手からゲイビを奪い返す。ごにょごにょと言った。
「あの……おれと、観てくれませんか……?」
「……いや、でもおれ異性愛者だし……おれと観ても楽しくないと思うぞ?」
「だ、大丈夫です! このゲイビ、ソフトですから……その……目を細めててもいいですし……」
ごにょごにょ言う村岡に、思わず笑った。
「そんなホラー映画観るみたいな対処法でいいのか?」
「だって、やっぱりノンケの方は、耐性がないと思うんですよね……。おれは、ゲイビ観たらムラムラしますけど、やっぱ、ノンケの方は『きっつー』って思うと思うんですよね……」
あくまで自信がない村岡。いじいじとパッケージの端をいじっている。じっ、と天馬を見つめた。
「やっぱいきなり、ケツを貸してほしいって言われてもむりだと思うんです。だから、これを観て、男同士はどんなかんじかわかってもらいたくて……」
「まあたしかに、なにをするかわかったら少しは安心……っていうか、慣れるかもしれないけど。いやでも、おれゲイビ初心者だし……大丈夫かな……?」
「た、達樹にアドバイスもらって、なるべくソフトなやつを選んできました! デートのときに軽く流して、いちゃいちゃ観られる程度のものを……!」
いやでもおれときみはデートしてるわけじゃないし、気まずくなるだけなのでは、と思う天馬。そして、そうか水城君のアドバイスが入ってたのか、と遠い目になる。ということは、キスマークも水城君がつけたのか?
村岡はまだ天馬を見つめている。
「あの……い、嫌、ですか……?」
「ん、んー。嫌っていうか……きみをがっかりさせると思うけど」
「だい、大丈夫です! ほんと、ちょっと見てくれるだけでいいので! あの、しつこくてごめんなさい……」
押すのは不得手らしい。天馬はやっと笑った。
「わかった、観るよ。ほんと、初めて観るから全然物足りない反応だと思うけど、気にしないでくれるか?」
「も、もちろんです!」
茶色の目がきらきらと輝く。天馬に擦り寄り、ぎゅっとパッケージを胸元で抱きしめた。
「DVDプレイヤー、お借りします……!」
そして上映会がはじまった。
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