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挑戦に次ぐ挑戦#2
たしかに、ソフトと言えばソフトかな、と天馬は思った。
ほっそりした、イケメンの汁男優がボンデージ青年にインタビューしているシーンではじまる。
名前は? 歳は? え、学生さん? なんでゲイビに出ようと思ったの?
「お小遣い稼ぎです。でも、いい出会いがあったらいいな~なんて思って……」
恥ずかしそうに言うボンデージ青年は、たしかに可愛い。可愛いが。
父性だよ、と天馬は思う。その証拠に、こんなビデオに出るのはやめなさい、と説き伏せたくなるのだ。
村岡はアイスティーを飲みつつ、画面に見惚れている。ふと、このゲイビの青年って、村岡さんに似てるなと思う。
水城君の趣味か。天馬もアイスティーをごくりと飲んだ。
だんだんと、ゲイビはそれらしさを増していく。
上だけ脱いで。可愛いおっぱいだね。「おっぱい触って」って言ってみて?
「お……おっぱい、触って?」
上目遣いの青年が媚びた目つきをする。このあたりから、天馬はどうしていいかわからなくなった。村岡の教えの通り、目を細めて見てみる。いちゃいちゃと胸を触りあう二人。
これ、気軽に観えるか? おれはもういっぱいいっぱいだ。
ちらりと村岡のほうを見る。村岡はしゃぶしゃぶと親指の付け根をしゃぶっている。もう限界の顔だ。ばっと振り向いた。目がうるんで、泣きそうだ。
「て、天馬さん、ご、ごめんなさい……! と、トイレ、借りますっ……!」
「え、もう?」
思わず呆気にとられた天馬に、村岡が真っ赤になる。仔犬のようにふるふると震えている。思わず、股間を見た。
張っている。
「わ、わかった。トイレ、こっちだから。ゆっくりしてきて」
「す、すみません……!」
ばたばたとトイレに駆け込んでいく村岡。テレビでは、イケメン汁男優がボンデージ青年の乳首を優しく舐めまわしていた。
とりあえず、止めよう。うん。
リモコンを手に、DVDを止めた。
村岡が帰ってきたのはそれから十五分後だった。
「う、うまくいかなかった……」
ソファで撃沈している村岡の頭を撫でたくなり、思わずなでなで、と撫でる。
頭から、にょっきりと犬の耳が生えた。尻尾もぱたぱたと揺れている。思わず、つんつんと尖った耳の先をつついた。
「んう……」
甘ったれた声で首をふるふると振り、天馬を見つめる。その濡れた三白眼に、なぜかちょっとどきっとした。
村岡は腕でピンと反った耳を擦った。毛づくろいする猫のようだ。
「ま、まあ仕方ないよ。人といっしょにAV観るのって緊張するしな」
「……それもあるけど、おれ、溜まってるのかもしれない……」
がっつりキスマーク付けておいてなにを?
という気持ちだが、とりあえずはうんうんとうなずいておく。
「溜まってるときって、ハードルぐっと下がるよな~」
「わ、わかります!?」
きらきらと目を輝かせる村岡に、またうんうんとうなずく。耳と尻尾がひくひくと動いている。頭を撫でて、天馬はぼそっと言った。
「おれ、インポだからそういうのご無沙汰だけど」
「え……い、インポなんですか?」
「うん。恋人のみちるが亡くなってから。でも、村岡君には関係ないことだよな」
うつむき、もごもごと口を動かす村岡である。天馬の顔を見て、はにゃあと笑った。
「そ、そうですよね。ケツを掘るなら、インポかどうかは関係ないですもんね」
「……そうだな」
「あ! ごめんなさい! 天馬さんが困ってるのに、あんなこと言って。け、ケツを掘られるだけでも、やっぱり勃起したほうが楽しいですよね?」
「楽しい……」
首を傾げ、天馬は笑った。呆れたというかんじではない。心底面白そうに笑ったのだ。
「村岡君って、なんか面白いな」
「え……!? す、すみません、デリカシーのないこと言って……!」
村岡は嫌われたと本気で思っているのだが、天馬はなでなでと頭を撫でる。
「なんか、村岡君と話してるとほっとする」
「え……ど、どこが……!?」
「一生懸命反応して、一生懸命心配して、一生懸命ボールを返してくれて。なんか、ほっとする」
「おれ、一人でおたおたしてるだけですが……。そういうとこ、元カレたちには嗤われたり、鬱陶しいと思われてたんですが……」
今まで心配でいっぱいになっていた顔が、ふにゃりと緩んだ。笑顔になる。
「あ、ありがとうございます」
「うん」
また頭を撫で、「アイスティーのお代わりいる?」と尋ねる。
「い、いただきます! あ、おれも手伝います」
「そうか? じゃあフルーツ盛りつけてくれる? おれもお代わり飲むよ」
「はいっ!」
元気に返事をして、天馬の隣でキッチンに向かう。そうしながら、村岡は手をパーにして、天馬の手に重ねてくる。
「天馬さん、手がおっきいですね~。さすがです」
「さすがってなにが? 村岡君もデカいだろ? あ、でもきみよりおっきいな」
「へへ」
パーにした手を合わせて笑う。ふと、村岡の目が天馬の親指に這った。親指は男の性器の形状を暗示していると聞いたことがある。天馬の親指は長く、太く、すっと伸びて形がいい。爪の形が少しいびつだ。
ごく、と唾液を飲みこむ。いや、だめだめ! 天馬さんとは、おれがブチこまれる形ではセックスしないんだから! それに、天馬さんはインポなんだから。
初めてのケツはおれがもらう! と改めて決意する。それには仲良くならなければいけない。でも、どうしたものかと悩んでいるのだ。
フルーツティーをいっしょに作り、他愛ない話をしながら時間を過ごす。口説き文句は出ないし、マドレーヌを食べつつおしゃべりするだけだ。
ちなみに、耳と尻尾はでっぱなしである。天馬が「可愛いからそのままで」と言うので、キスをもせず出たままだ。天馬さん、おれにキスしたくないからそんなことを言うんじゃ……? と、ちょっと被害妄想めいた思いも抱くが、それはそれ。不安だろうと、おしゃべりする時間は楽しくもあり、気がつけば夕方六時だ。
天馬はなんとなく、こんなことを言っていた。
「なあ、村岡さん。晩ご飯食べていくか?」
気の迷いか。でも、なんだか帰りたくなさそうに思ったのだ。
耳と尻尾がピンと立つ。目をきらきらさせて、
「いいんですか?」
と言う村岡は本当に幸せそうだ。
「ん、今日はカレーにしようと思ってたからちょうどいい。一人暮らしだとカレー、作り過ぎちゃうんだよな。それにいっぱい作った方が美味しいし」
「手伝います!」
「ありがとう。今日はバターチキンカレーの予定。手羽元入れような」
「やったー!」
ひとしきりはしゃぎ、いっしょに料理を作る。天馬の作るカレーはクミンやコリアンダーなど各種スパイスを入れる本格派だった。味も最高だ。
「うまー!」
ビールを飲みつつカレーを平らげ、幸せな土曜日である。
「明日、仕事?」
天馬が尋ねると、村岡はこくりとうなずいた。
「明日は朝から仕事で、六時過ぎに終わります」
「そっか。泊まってく?」
茶色の目が、さらにきらきらする。
「いいんですか……?」
「うん、おかまいはできないけど」
「も、もう十分かまってもらってます!」
ぱたぱた、ぱたぱた、と揺れる尻尾。ピンと反る耳。なにせ可愛い。天馬が耳をつんつんとつつく。
「ん、んう……」
耳をいじって赤くなる村岡に、可愛いなーとほのぼのする天馬である。子ども、動物に並ぶくらい可愛いのが、耳と尻尾が生えた村岡さんだ。飼いたい。ナチュラルにそんなことを思う。餌付けもその一環だ。
「さあ、泊まると決まったらのんびりしよう。なにか飲む? 酒? コーヒー? 紅茶? 蕎麦アイスもあるよ」
「えーと……。じゃ、じゃあビール! 乾杯しましょう!」
「よし! グラス持ってくるからな」
お互い久しぶりに、賑やかな夜を過ごした。
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