8 / 9

挑戦に次ぐ挑戦#2

 たしかに、ソフトと言えばソフトかな、と天馬は思った。  ほっそりした、イケメンの汁男優がボンデージ青年にインタビューしているシーンではじまる。  名前は? 歳は? え、学生さん? なんでゲイビに出ようと思ったの? 「お小遣い稼ぎです。でも、いい出会いがあったらいいな~なんて思って……」  恥ずかしそうに言うボンデージ青年は、たしかに可愛い。可愛いが。  父性だよ、と天馬は思う。その証拠に、こんなビデオに出るのはやめなさい、と説き伏せたくなるのだ。  村岡はアイスティーを飲みつつ、画面に見惚れている。ふと、このゲイビの青年って、村岡さんに似てるなと思う。  水城君の趣味か。天馬もアイスティーをごくりと飲んだ。  だんだんと、ゲイビはそれらしさを増していく。  上だけ脱いで。可愛いおっぱいだね。「おっぱい触って」って言ってみて? 「お……おっぱい、触って?」  上目遣いの青年が媚びた目つきをする。このあたりから、天馬はどうしていいかわからなくなった。村岡の教えの通り、目を細めて見てみる。いちゃいちゃと胸を触りあう二人。  これ、気軽に観えるか? おれはもういっぱいいっぱいだ。  ちらりと村岡のほうを見る。村岡はしゃぶしゃぶと親指の付け根をしゃぶっている。もう限界の顔だ。ばっと振り向いた。目がうるんで、泣きそうだ。 「て、天馬さん、ご、ごめんなさい……! と、トイレ、借りますっ……!」 「え、もう?」  思わず呆気にとられた天馬に、村岡が真っ赤になる。仔犬のようにふるふると震えている。思わず、股間を見た。  張っている。 「わ、わかった。トイレ、こっちだから。ゆっくりしてきて」 「す、すみません……!」  ばたばたとトイレに駆け込んでいく村岡。テレビでは、イケメン汁男優がボンデージ青年の乳首を優しく舐めまわしていた。  とりあえず、止めよう。うん。  リモコンを手に、DVDを止めた。  村岡が帰ってきたのはそれから十五分後だった。 「う、うまくいかなかった……」  ソファで撃沈している村岡の頭を撫でたくなり、思わずなでなで、と撫でる。  頭から、にょっきりと犬の耳が生えた。尻尾もぱたぱたと揺れている。思わず、つんつんと尖った耳の先をつついた。 「んう……」  甘ったれた声で首をふるふると振り、天馬を見つめる。その濡れた三白眼に、なぜかちょっとどきっとした。  村岡は腕でピンと反った耳を擦った。毛づくろいする猫のようだ。 「ま、まあ仕方ないよ。人といっしょにAV観るのって緊張するしな」 「……それもあるけど、おれ、溜まってるのかもしれない……」  がっつりキスマーク付けておいてなにを?  という気持ちだが、とりあえずはうんうんとうなずいておく。 「溜まってるときって、ハードルぐっと下がるよな~」 「わ、わかります!?」  きらきらと目を輝かせる村岡に、またうんうんとうなずく。耳と尻尾がひくひくと動いている。頭を撫でて、天馬はぼそっと言った。 「おれ、インポだからそういうのご無沙汰だけど」 「え……い、インポなんですか?」 「うん。恋人のみちるが亡くなってから。でも、村岡君には関係ないことだよな」  うつむき、もごもごと口を動かす村岡である。天馬の顔を見て、はにゃあと笑った。 「そ、そうですよね。ケツを掘るなら、インポかどうかは関係ないですもんね」 「……そうだな」 「あ! ごめんなさい! 天馬さんが困ってるのに、あんなこと言って。け、ケツを掘られるだけでも、やっぱり勃起したほうが楽しいですよね?」 「楽しい……」  首を傾げ、天馬は笑った。呆れたというかんじではない。心底面白そうに笑ったのだ。 「村岡君って、なんか面白いな」 「え……!? す、すみません、デリカシーのないこと言って……!」  村岡は嫌われたと本気で思っているのだが、天馬はなでなでと頭を撫でる。 「なんか、村岡君と話してるとほっとする」 「え……ど、どこが……!?」 「一生懸命反応して、一生懸命心配して、一生懸命ボールを返してくれて。なんか、ほっとする」 「おれ、一人でおたおたしてるだけですが……。そういうとこ、元カレたちには嗤われたり、鬱陶しいと思われてたんですが……」  今まで心配でいっぱいになっていた顔が、ふにゃりと緩んだ。笑顔になる。 「あ、ありがとうございます」 「うん」  また頭を撫で、「アイスティーのお代わりいる?」と尋ねる。 「い、いただきます! あ、おれも手伝います」 「そうか? じゃあフルーツ盛りつけてくれる? おれもお代わり飲むよ」 「はいっ!」  元気に返事をして、天馬の隣でキッチンに向かう。そうしながら、村岡は手をパーにして、天馬の手に重ねてくる。 「天馬さん、手がおっきいですね~。さすがです」 「さすがってなにが? 村岡君もデカいだろ? あ、でもきみよりおっきいな」 「へへ」  パーにした手を合わせて笑う。ふと、村岡の目が天馬の親指に這った。親指は男の性器の形状を暗示していると聞いたことがある。天馬の親指は長く、太く、すっと伸びて形がいい。爪の形が少しいびつだ。  ごく、と唾液を飲みこむ。いや、だめだめ! 天馬さんとは、おれがブチこまれる形ではセックスしないんだから! それに、天馬さんはインポなんだから。  初めてのケツはおれがもらう! と改めて決意する。それには仲良くならなければいけない。でも、どうしたものかと悩んでいるのだ。  フルーツティーをいっしょに作り、他愛ない話をしながら時間を過ごす。口説き文句は出ないし、マドレーヌを食べつつおしゃべりするだけだ。  ちなみに、耳と尻尾はでっぱなしである。天馬が「可愛いからそのままで」と言うので、キスをもせず出たままだ。天馬さん、おれにキスしたくないからそんなことを言うんじゃ……? と、ちょっと被害妄想めいた思いも抱くが、それはそれ。不安だろうと、おしゃべりする時間は楽しくもあり、気がつけば夕方六時だ。  天馬はなんとなく、こんなことを言っていた。 「なあ、村岡さん。晩ご飯食べていくか?」  気の迷いか。でも、なんだか帰りたくなさそうに思ったのだ。  耳と尻尾がピンと立つ。目をきらきらさせて、 「いいんですか?」  と言う村岡は本当に幸せそうだ。 「ん、今日はカレーにしようと思ってたからちょうどいい。一人暮らしだとカレー、作り過ぎちゃうんだよな。それにいっぱい作った方が美味しいし」 「手伝います!」 「ありがとう。今日はバターチキンカレーの予定。手羽元入れような」 「やったー!」  ひとしきりはしゃぎ、いっしょに料理を作る。天馬の作るカレーはクミンやコリアンダーなど各種スパイスを入れる本格派だった。味も最高だ。 「うまー!」  ビールを飲みつつカレーを平らげ、幸せな土曜日である。 「明日、仕事?」  天馬が尋ねると、村岡はこくりとうなずいた。 「明日は朝から仕事で、六時過ぎに終わります」 「そっか。泊まってく?」  茶色の目が、さらにきらきらする。 「いいんですか……?」 「うん、おかまいはできないけど」 「も、もう十分かまってもらってます!」  ぱたぱた、ぱたぱた、と揺れる尻尾。ピンと反る耳。なにせ可愛い。天馬が耳をつんつんとつつく。 「ん、んう……」  耳をいじって赤くなる村岡に、可愛いなーとほのぼのする天馬である。子ども、動物に並ぶくらい可愛いのが、耳と尻尾が生えた村岡さんだ。飼いたい。ナチュラルにそんなことを思う。餌付けもその一環だ。 「さあ、泊まると決まったらのんびりしよう。なにか飲む? 酒? コーヒー? 紅茶? 蕎麦アイスもあるよ」 「えーと……。じゃ、じゃあビール! 乾杯しましょう!」 「よし! グラス持ってくるからな」  お互い久しぶりに、賑やかな夜を過ごした。

ともだちにシェアしよう!