9 / 9

挑戦に次ぐ挑戦#3

 風呂に入り、Tシャツとスウェットに着替えて(村岡も天馬が貸したTシャツを着ている)、酒を飲みつつ話をする。  いつの間にか、好みのタイプの話になっていた。 「村岡さんの好みのタイプって?」 「え、え……と、優しい人かな~」 「あ、おれも優しい人好き」 「優しかったら、別にセックスが下手でもいいんですよね。……おれ、ドMだからみんな勘違いしてるけど、ほんとは優しい人がいいんです。でも、優しさって難しいですよね。優しさが人を傷つけることもあるし」 「そうだな。おれの好きなボブ・ディランとみちるも言ってた。『優しさが人を殺すこともある』って」 「ボブ・ディランって歌手でしたっけ? たしかノーベル賞とってましたよね。そしてその人と同じことを言うみちるさんって、何者……」  天馬は面白そうに笑った。 「ふつーの女性だったよ。でも、たしかに鋭いところはあったな。みちるといると、おれは目が開かれた。知らない世界を教えてくれた。知らなかった、人の気持ちや、視点。みちるといると、わからないことに素直でいられたんだ」 「好きなんですね、天馬さん。みちるさんのこと、ほんとに」  村岡の目に涙が浮かぶ。 「いいな……。そんな人がいて。ほ、ほんとに、いいな」 「ああ。みちるのことを忘れないために、おれは幸せにならないって決めてるんだ」 「え?」  その決意に驚く。あえて幸せに背を向けるのか。幸せになりたくない人なんて、いるんだ。でも、とおそるおそる言った。 「おれは天馬さんに幸せになってもらいたいです。あの、幸せにならないって決めてるんだったら、せめてその範囲内で」 「幸せにならない範囲内で幸せにか。難しいこと言うなー」  笑う天馬。本当に、楽しそうだ。その顔に、村岡もほっとする。 「天馬さんが妥協しないですむ範囲で! どうか!」 「懇願されたらその気になっちゃうな~」  二人で笑う。もしかして、天馬さん、真面目な話がしたかったのかな。そうも思うが、頭を撫でられて、気持ちよくなった。  耳がぴこぴこと動き、尻尾が揺れる。 「はは、可愛い可愛い」 「う、うにゃあ……」 「猫か?」  そんなことを話しながら、村岡は幸せなのだ。 「ちょっと、トイレ」  天馬が立ちあがった。大きな背中を見送る。しゃべっていたら喉が渇いた。ビールを飲み、ぷはーと一息つく。  スマートフォンが振動した。 「あ、達樹だ」  昨日のぐちょ濡れセックスを思いだし、一人顔を赤くする。 「もしもし?」  電話に出ると、あのなめらかで音楽的な声が言った。 「守備はどうだ? 所長を掘れたか?」 「んー、まだっ」 「なんでちょっとうれしそうなんだよ? ……じゃあ、掘られたか? 所長とセックスした?」  ちょっとだけ嫉妬している声に、照れつつもうれしかったりする。 「まだだよ。そういうことは全然ない」 「相変わらずヘタレだな」 「でも、お泊り権は獲得したから!」  うれしそうな声が出たと同時に、天馬がトイレから戻ってきた。電話をしている村岡を見て、邪魔しては悪いと思ったのか、そっとソファの端に腰を下ろす。床に座っていた村岡は、天馬を見上げてスマートフォンに言った。 「あ、天馬さん、帰ってきた」 「水城君?」  勘のいい天馬に尋ねられ、こくりとうなずく。 「所長に代わってくれ」  水城に言われて、スマートフォンを手渡す。 「もしもし? 水城君か? きのうはありがとう。村岡さんを送ってくれて」 「いえいえ」 「穂積さんのところに行くって言ってたよな? 具合どうだった?」 「いいですよ。所長によろしくお伝えくださいとのことです」 「そっか。元気そうでなによりだよ。村岡さんに代わるな」  スマートフォンを受けとる。 「もしもし、達樹?」 「あのな、征治。ちゃんと掘れるように、作戦を伝授してやるよ」 「さ、作戦?」  天馬のほうをちらりと見る。グラスにビールを注いでいるところだった。天馬もスマートフォンを見ている。村岡はこっそりと、スマートフォンにささやきかけた。 「……どんな作戦?」 「夜這いだよ」  ごくりと、唾液を飲みこむ。 「よ、よば……」 「夜這いして、嘘でもいいから『好きです』って言って、ケツを許してもらえ。いいな?」 「で、できるかな……」 「たぶん、ストレートにいったらむりだってこともわかってる。だからまず、自分が与えるふりをするんだ」 「じ、自分が……?」 「フェラ、得意だろ? フェラしますって言って、とにかく『そういうこと』に雪崩れこめ。今日、泊まるんだろ? チャンスだ。いいか? 所長は、酒には強い。ほぼザルだ。でも飲んでいて、ある一点を超えると『人恋しい』って気分になるみたいなんだ。そこを狙え」 「わ、わかった!」  また、ちらりと天馬の顔を見る。天馬はのんびりメールの返事を打っていた。 「なんとか、もつれこんでみる。ありがとう、達樹!」 「ああ。健闘を祈る。頑張れ」  電話は切れた。  よーし、頑張るぞと気合を入れてビールを煽る。 「お、村岡さんもいけるクチか?」  うれしそうな天馬がお酌してくれた。 「おれ、弱ひですけどいけまふ!」 「大丈夫か? だったらあまりむりするなよ」  なでなで、と頭を撫でられる。 「ふ、ふふ」 「ふふ?」 「おれ、天馬しゃんのわんこみたい」 「あ、ごめん。耳と尻尾があるから、つい動物みたいに可愛いなって……」  村岡の顔がちょっと曇る。 「ど、動物といっしょ……」 「ご、ごめんな。村岡さんは可愛いよ。可愛い男の子だ」  はにゃあ、と村岡が笑う。その顔が本当に可愛く見える。 「あ、あの、天馬さん?」 「ん?」 「そろそろ、ひ、人恋しくなりました?」  直球だ。天馬は笑って、「ちょっとな」と言った。はにゃあ、と村岡の顔が緩む。 「えっと……そ、そろそろ、ね、寝ませんか?」 「そうだな。もう零時過ぎちゃったし。村岡さんは明日仕事だもんな」  立ちあがり、「歯ブラシ用意してくるよ」と言う天馬。洗面所に消えた背中を見送り、心の中で水城に宣言する。  おれ、やるよ、達樹! 頑張る。  きゅっと握りこぶしを握り、一人うなずく。村岡のプランでは、「まず告白。それから押し倒して、フェラさせてもらって、天馬さんがその気になったところでケツをもらう!」だ。  そのとき、ふと思う。  おれ、天馬さんのこと好きなのかな?  嘘でもいいから『好きです』って言って、って達樹は言うけど、おれは本当は天馬さんのことが好きなのかな?  まだ、そこまでピンとこない。好きだけど、この気持ちは「愛」なのか? 愛がなくちゃ、セックスしても呪いは解けない。不安になってきた。  ただわかっているのは、天馬の穏やかな瞳が好きだということだ。大きな体も、低い声も。可愛い笑顔も。  愛かどうかわからないけど、とりあえずやってみよう。無事に一度セックスできたら、愛を育んで二回目に挑戦。そのとき、呪いが解ければいいんだから。 「頑張るよ、達樹!」  拳を突き上げているところに、天馬が戻ってきた。  目を丸くして、それから笑う。 「水城君になにか応援してもらってるのか?」  天馬さん、なにも気づいてない。チャンス。 「へへ、ちょっと。じゃ、じゃあ歯磨きしてきまーす」 「うん。おれもあとで歯磨きする。ベッドの準備してくるな」  そう言って、寝室へ向かう天馬。  いそいそと、村岡も洗面所へ向かった。

ともだちにシェアしよう!