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第1話
「――長……起きてください、宦官長!」
肩を揺さぶる手に、イルハリムは目を覚ました。
室内は暗闇に包まれている。灯していた蝋燭の火が燃え尽きたらしい。どのくらい意識を失っていたのだろうかと、ぼんやりしながら辺りを見回す。
そんなイルハリムに、燭台を手にした副官のデメルが顔を覗き込みながら、焦った様子で呼びかけた。
「皇帝陛下がお呼びです。今すぐ居室へ参じてください」
叫ぶような声音に鈍い頭痛を覚えながら、イルハリムは頭を振って霞みかかる意識を取り戻そうとした。頭が重く、思考がまとまらない。それでも、皇帝からの呼び出しだということだけは認識できた。
「……わかった。すぐに行くから、燭台を置いていってくれ」
気怠さを押し殺して答えたイルハリムに、悲鳴のような声が上がった。
「そんな悠長なことを言っている場合ではありません! 早くお支度を!」
唾を飛ばさんばかりの剣幕からすると、やはり今宵の側女も皇帝の不興を買ったらしい。
怒れる皇帝を宥めることができるのは、この頃はイルハリムだけだ。副官が必死になるのも無理はない。
イルハリムは近くにあった寝椅子に手をかけて、倒れこんでいた床から体を起こした。
呼び出しは覚悟していたので、準備は済ませてある。日暮れと同時に風呂を使って、衣服も改めておいた。後は身分を表す頭布をつけるだけだ。
頭布を目深に被るや否や、デメルはイルハリムの腕を掴んで、まるで罪人を引っ立てるかのように足早に歩き出した。左の足首に着けた足環がシャララと軽やかな音を立てる。
まだ夜は浅いが、ほかの側女たちはもう休んでいるようだ。大部屋には仕切りの帳がおろされ、中は静まり返っていた。要らぬとばっちりを受けぬようにと、帳の内側で息を殺しているのかもしれない。
鈴の音だけを響かせて、イルハリムは後宮を後にした。
イルハリムが皇帝の居室に入ると、中には見慣れた光景が広がっていた。
床に座り込んで泣きじゃくる半裸の側女と、寝台の前で怒りも露わに立つ皇帝の姿だ。
「遅いッ!」
怒鳴りつける声に、まだ年若い側女が悲鳴を上げて縮こまった。
イルハリムは深々と頭を垂れ、手で指し示してデメルに側女を退室させるよう促した。
まだ幼さを残した側女は、皇帝の怒りに触れて腰が抜けてしまっている。両側から引きずるように連れていかれる少女に憐憫の視線を向け、イルハリムはすぐに皇帝に向き直った。
「側女の教育が行き届きませず――」
「御託はいい。来い」
イルハリムの謝罪を遮って命じると、皇帝は苛立たしげに寝台に腰かけた。イルハリムは足元がふらつくのを押し隠して皇帝の前に進み、その足の間に膝をついた。
豪奢な寝間着の間から、隆々とした怒張が姿を見せている。あまりにも逞しく、生娘には到底受け止められない肉の凶器だ。
イルハリムは袖に包んだ指先で恭しくそれを掬い取ると、敬意を表して先端に口づけした。そのまま濡れた唇で包み込むように口の中へと導き入れていく。
頭上で満足げな吐息が聞こえた。
十一代目の現皇帝ラシッドは、先帝の五番目の皇子として生まれた。
戦乱を制し多くの政敵を退けて、彼が皇帝の座に就いたのは三十歳にもならぬ頃だ。
それから七年が経った今、褐色の肌に金褐色の髪と瞳を持つ堂々たる美丈夫は、怖れと敬意をこめて獅子帝と呼ばれている。
皇帝ラシッドは、間近で接した者に畏怖を覚えさせるほど、並外れて大きな体躯を持っている。母親は遠い西方から連れてこられた奴隷で、長身の美女だったと言われているが、彼ほどの上背を持つものは帝国内にもほとんどいない。その恵まれた体格に比例するかのように、皇帝の牡は並外れて大きく、精力も旺盛だった。
イルハリムは口の中の亀頭に舌を絡ませる。経験のない側女が怯えて泣くのも無理はない。これを良く知るイルハリムでさえ、受け入れる前には震えを禁じ得ないのだから。
だがイルハリムは怯えを押し隠し、口の中の凶器にたっぷりと唾液を塗した。舌で丁寧にくるみこみ、息を止めて喉の奥まで導く。
「あぁ、そうだ……そうでなくては……」
やっと怒りの気配を収めて、頭上の獅子帝が満足そうに言う。
頬をすぼめて柔らかく吸い付きながら、イルハリムは二か月前の夜を思い出していた。
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