1 / 5
1
――クローンをご存知だろうか。
一般的には分子・DNA・細胞・生体などのコピーを指す言葉であるが、とある全寮制男子校ではそれとは違うものを意味する。そこでの『クローン』とは、ある生徒のことを指すのだ。
20時~0時までの間に、携帯に電話をかけて話したい相手の名前をリクエストすると一定時間その人の声で会話してくれる。それがクローンだ。声は勿論、喋り方まで本人のようにそっくりなクローンは生徒達の間でも有名人なのだが、その姿を見た者は未だに誰一人としていない。
――自室のベッドに寝転んでいると仕事用の携帯に着信が入る。
「はい、ご依頼ありがとうございます」
『あっ…く、クローンの電話…ですか』
「えぇ、周りからはそう呼ばれているようですね」
落ち着いた低い声で応答すると、俺がクローンだと確信したのか相手の声が上ずった。
『ほっ本当にいるんだ…』
「はい、皆様が望む限り私は存在し続けますよ。…では、ご要望をお伺い致しましょうか?」
本題を切り出すと相手が息を飲む気配を感じた。
「貴方が私に望む生徒の学年、クラス、氏名をお教えください。これから起きる事を私は一切他言致しませんし、貴方のプライバシーは必ず守ります」
少し迷うような間の後に、相手は意を決して口を開いた。
『2-Aのっ、姫野未久さんをお願いします…っ』
「承りました…少々お待ちください」
そこで一度携帯電話を保留にする。これは俺の中での決まりみたいなものである。保留で会話を一旦中断させることによって俺の声が変わることに違和感を感じさせず、相手へ不快感などを与えなくて済むというわけだ。
保留を切って、再び携帯電話を耳に当てた。
「もしもし?姫野です。山下くん、電話してきてくれたんだね…嬉しい」
口から紡がれる声音は先程とは正反対で女子のように高い。相手は興奮気味に俺の声に応える。
『わっ…マジで姫野に似てる、しかも俺の名前まで…』
「ふふっやだなぁ、同じクラスなんだから名前くらい覚えてるよ。それに似てる、だなんて…僕は他の誰でもない姫野未久だよ?」
『そ、うか…そうだよな!』
相手が俺を依頼人だと錯覚した時点で俺の仕事は初めて成立する。折角電話してくれた相手に『ニセモノ』だと認識されたら申し訳ないから、声はもちろん、癖や性格まで依頼人になりきるように努力を欠かしたことはない。
「山下くん、今日日直で荷物運ばなきゃいけなかった時に手伝ってくれてありがとう…僕、嬉しかった」
『え!い、いやそんなの全然気にすんなよ!』
「ううん。僕いつも素直になれないから…今日はお礼言いたかったの」
『姫野…』
非現実を望む相手(例えば、依頼人には恋人がいるからせめて嘘でも告白されたいなど)以外には、俺は依頼人として喋ることに嘘はつかない。
姫野は前から山下をじっと見つめることが多かったから、コイツらは放っといても付き合うだろうと、先の展開を予想したセリフで手助けをしてみた。これで山下が勇気を振り絞れば、学園にカップルが増えるのも時間の問題だろう。
ともだちにシェアしよう!