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──廊下を歩いていたら前方からきゃあっ、と色めき立った声が聞こえていた。気付けば人混みが掻き分けられて花道のようになっていたので俺も脇に逸れると、その瞬間向こう側からやって来た集団にどきりとする。 (生徒会、だ) 心臓が急激に拍動を速める。俺、この前あの生徒会長と話したんだよな…しかも俺のこと好きだって。気付けば生徒会の集団はすぐ傍まで来ていて、俺はだんだん緊張してきた。 あんなにたくさん話したんだ、もしかしたら目が合うかも知れない。もしかしたら話しかけられるかもしれない。そしたら何と返そうか、いっそ自分の正体を明かしてしまおうか。たくさんの想いが溢れて、やまない。 だけど、そんな想いが打ち砕かれたのは僅か一瞬のことだった。 すっ あの人は、俺のことを一度も見ることがなく、まるで俺がそこに存在しないかのように目の前を通り過ぎていった。…呆気なかった。その後ろ姿はいつもと変わらず、生徒会長としての風格を纏っていて格好良くて。 「…そう、だよな」 思えば生徒会長は、あの時の俺が本物の卯月宮埜だと知らないんだ。あの時の俺は、クローンが生み出したニセモノの卯月宮埜だと思っている。会長は俺に被害が及ばないように話しかけてこないって言ってたけど、それも質の悪い冗談だったのかも知れない。 そもそも、あの人が俺を好きだなんてのもおかしな話だったんだ。 「…全部夢だったのかも」 だって彼は何も変わらない。後ろ姿も、その風格も、俺への態度も。 じゃあ、なぜ。なぜこんなにショックを受けているのだろうか。…胸が、痛むのだろうか。わけの分からない感情が一気に押し寄せてきて、なぜだか無性に泣きたくなった。 それからの一週間を過ごしてみたって、彼と目が合うことは一度もない。食堂でも、廊下でも、集会でも。 それは今までの俺にとっては当たり前のことで、むしろそうであることが日常だったはずなのに。 胸の痛みはまだずっと続いている。彼が笑っているとつきりと痛んで、でもそれが俺ではない誰かに向けられていると思うとむかむかする。こうした現象が起き始めたのも、会長と電話してからだ。涙腺は緩くないはずなのに、気が緩むとじわりと何かが溢れだしそうになる。こんな事態は初めてで、体の変化に心が追いつかず困惑するばかりだった。 ──昼休みになり、人気の無くなった裏庭のベンチで昼食をとる。会長たちが食事をしているのかと思うと、とても食堂に行く気にはなれなかった。購買で買ったパンを食べ終わり、袋をくしゃりと握りつぶす。 「最近どうしたんだ、俺」 ベンチに凭れかかり空を仰ぐ。抜けるような青空に存在する太陽が眩しくて目を細めた。心のどこかで、違和感なく過ごしていた日常を今は寂しがっている俺がいる。相変わらず現状が上手に整理できず、心の中はぐちゃぐちゃだ。 何なんだろうな、これ。とりあえずどうにかしてモヤモヤを吐き出したい、と思うと、ある曲がふと頭を過った。 「…息を、吸って、そして、吐いて、それだけじゃ喜べなくなって、」 メロディーや歌詞が、口をついて出てくる。流れるままに歌を口ずさむ。 「僕に、あって、君に、なくて、君に、あって、僕にないものがあるから 僕は、君を、君は、僕を…」 思わずそこで、歌うのを止めてしまった。ぐちゃぐちゃだった心が、完成したパズルのようにかちりと組み合わさっていく。頭の中にかかっていた靄はすぅっと晴れていった。 いやでも、そんなまさか。 「好きに、なれたんでしょう…」 ぽろりと歌のフレーズが零れ落ちて、自分で呆然とする。 じゃあ…あんなに胸が痛んでむかむかしたのは、知らない間に会長を好きになっていたから? 「嘘だろ…」 手で口元を押さえて落ち着こうとするが、心臓は一向に落ち着く気配を見せない。 そんな中、前方の茂みががさっと音を立てた。びっくりして体を起き上がらせてから目の前にいた人を見て、落ち着かせていた心臓が更に跳ね上がった。 「あ…」 「会、長…」 俺の姿を認めて目を見開いた会長は、すぐに踵を返してその場を去ろうとする。 だめだ、今を逃したらまた話す機会がなくなる! 「ま、待ってッ……っ朱鷺!」 「っ!」 会長がばっと俺を振り向く。そんなことに構っていられない程、今の俺には余裕がなかった。 やっと会えたんだ、逃がしてたまるか。 ずかずかと彼に歩み寄り、手を握る。きっ、と瞳を見据えると叫ぶように言った。 「あんたさぁッ、俺にベタ惚れのくせに何で話しかけてこねぇの!?これじゃずっとあんたのこと考えて気になって、気付いたら好きになっちゃってた俺が馬鹿みてぇじゃんかーーッ!!」 ぜぇはぁと息を整える俺の前で、一瞬で会長の顔が首から真っ赤に染まる。 「なっ、何でそれッ…!?」 「それは後で教えるから、」 金魚のように口をぱくぱくと開閉する会長に構わず、手を握り直す。 「で、俺のこと好きなの?嫌いなの? …嫌いって言ったら無理矢理キスすんぞ」 1トーン声を落として凄むと会長はわなわなと震えだした。 「そんなの…言いたくなくても嫌いって言うしかねぇだろ…っ」 「は?」 「だって、そしたら、キスしてくれんだろっ…?でも、嘘はつけねぇ、俺ッ、お前のこと好きなんだよ…っ」 潤んだ瞳と赤く染まる顔で俺を見る会長。 え、何この子可愛い。 気付けば彼のネクタイを引っ掴んで強引にキスしていた。 「んっ…!」 「はぁっ…好きだ、朱鷺」 「お、俺もぉ…っ」 ぼろぼろと泣き出した愛しい彼を宥めながら、一生この人を手放すものかと朱鷺を強く抱き締めた。 end

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