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「あの、何で俺なんかを…?」
恐る恐る聞くと会長が無言になる。
「えっと…」
『前から話したかったんだ』
「は、」
『話しかけようと何度も思った、でも俺は会長だから迂闊に近付くとアイツを傷つける羽目になる。…そんな時にクローンの噂を思い出してな。仮初めでもアイツと話が出来るなら、とお前に頼んだわけだ』
だから今日はよろしく頼むな、と会長が真面目な声で言うので少し面食らった。
「会長は、」
『気楽に下の名前で呼んでくれ。同級生だろう、敬語も要らない』
「あ、じゃあ俺も名前でいい。んと…朱鷺、は…前から俺を知ってたのか?」
『ああ。…宮埜は知らないだろうが、前にお前を見かけたことがあってな。その時に、惚れた』
「えぇ!?ほ、惚れたって!」
いきなり何を言いだすんだこの人は!
俺は会長と話したことはないし、況してや二人きりになったこともない。今、下の名前を呼ぶのすらやっとだったのだ。そんな繋がりのない状態で俺に惚れた理由が皆目見当もつかない。
「自分で言うのも虚しいけど…何で俺なんかに…?」
『俺"なんか"だなんてとんでもない、宮埜は十分魅力的だ。歩き方や座る姿は背筋が伸びていて流麗で美しいし、声も透き通っていてよく響く。響くと言ってもうるさいわけじゃない、耳に心地好いんだ。喋る度に動く喉仏に堪らなく色気を感じるし、ふとした時に細められる瞳や柔らかい微笑みを見ると俺だけを見て欲しいと思ってしまう。あと…』
「ちょ、ちょっと待って!」
『何だ?』
きっと電話の向こうで会長はきょとんとしているのだろうが、俺にとっては堪ったものではない。何かもう穴があったら入りたい…何でこの人恥ずかしげもなくこんな褒め言葉がすらすら言えんのこれが抱かれたいランキング1位の真髄か!?
「も、勘弁してくれ…」
『何だ、照れてるのか?ふふ、本物のアイツもそうやって照れるのかもな』
その本物と話してんですよあんたッ…!
そう声を大にして言ってやりたいがクローンの正体がバレるわけにはいかないためぐっと我慢した。
――それからの数十分間は本当に生き地獄だった。会長が口を開けば、如何に俺に心酔しているかという言葉のオンパレード。聞くのは相当恥ずかしかったものの、これだけ聞かされれば嫌でもこの人が本当に俺のことを好きなのだと思い知らされる。これ以上赤くなることはないのでは、というくらい俺の全身が羞恥で熱を帯びた頃、ようやく会長が終話の雰囲気を匂わせた。
『っと…すまない、話し込みすぎたな』
「いえ…」
『それで、代金はどうしたらいいんだ?』
「あ、それならクローンに代わりま、」
『いや、宮埜の声のままでいい。…まだ聞いていたいんだ』
あーーーっもう!この人はまたそういうことを言う!!
ぜひとも恥じらいや照れという言葉を教えてあげたい。
「あー…代金は朱鷺の満足感に合わせて、俺に見合う金額を好きに決めて。それを封筒の中に入れて、放課後に裏庭のベンチに置いといてくれたらいいから」
『分かった。…お前と話していると、本物と話しているみたいで楽しかった』
そりゃ本物ですからね、と言えたらどんなにいいだろうか…まじで生き地獄だなこれ…。
『じゃあな』
「ああ、おやすみ」
『…おやすみ』
ぷつ、と電話が切れた瞬間にベッドにダイブして、転がり回りながら意味のない言葉を叫び続けた俺を咎める奴はいないはずだ。素の声で喋るほうが疲れるとかどういうことだよ…。
気づけば疲労感が募っていたのか、意識を手放して爆睡していた。ちなみに翌日、裏庭に赴き封筒を覗くと諭吉が10人入っててまた叫びそうになったのは余談である。
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