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第1話
その結果は、表示されたその色は、嬉しいはずの色だった。
でも、今はただただ悲しい色で。
報告すべき相手はもういない。
喜んでくれただろうあの人は、もとの世界に戻ってしまった。
体が変だと気づいたのは、つい最近だ。
この世界には、男女の性別とは別に、α、β、Ωの性別が存在するとわかって早数十年。
戦前戦後には存在した各性別への偏見、差別も今は昔。
全く無いとは言わないが、それでも区別は浸透しつつあった。
例えばα性の人間は、会社の社長や芸能人など多芸で優秀な者が多い、β性の人間は主に平々凡々な才能のない一般人に多い、Ω性はその数こそ希少だが、華奢で保護欲をそそる人間が多いという傾向がある。
しかし、これはあくまで傾向だ。
α性でもみんなが皆多芸で優秀ではないし。
β性の社長や著名人は多い。
Ω性の外見だって、他の性別の者に比べればたしかに華奢だが訓練をすればソフトマッチョ位の筋肉はつけられる。
あくまで、傾向が強いだけである。
しかし、Ω性の人間には他の性別にはない特徴があった。
ヒートと呼称される発情期である。
このヒートによって、性別が発見された当初はΩが犯罪に巻き込まれたり、差別されることも多かった。
現代では、医者から処方された薬である程度症状を抑える事ができる。
しかし、なぜ?と疑問に思うことだろう。
このヒートは、αを誘う特殊なフェロモンを出す。
それも、かなり強力な。
αはそのフェロモンに抗えない。
その為、強引な性交行為に及び、αは誘われたと言い、Ωは襲われたと言う。
肉体的に社会的にも弱いΩが非難されることが多くなった。
そんな歴史がある。
現代では、理解も進み、Ωの発情に関しては特別な措置が認められている。
例えば、社会人なら有給をとって病院に駆け込むこともできる。
そして、それ理由に解雇することは許されない。
どんなにブラックな会社だろうと義務付けられている。
さて、このΩだがもう一つ特徴があった。
相手はαに限るのだが、男女での性別で性交相手が同性だった場合、妊娠が可能になる。
どういうことかと言うと、例えばαの男性とΩの男性、そしてαの女性とΩの女性が性交渉をした場合、どちらもΩが妊娠することがあるのだ。
番、という繋がりらしい。
そして、確率こそ低いもののαの女性同士でも妊娠が可能であることがわかっている。
余談だが、β性は普通の人間なので同性同士で子供ができることはない。
普通に異性のカップルが多い。
彼は検査薬視線を落とす。
そこにはきっちりと二本線が表示されていた。
「神様、なんのイジメ?」
泣きそうな声で彼ーー陽咲 はそう呟いた。
陽咲はどこにでもいる学生である。
高校生の頃から叔母が経営する喫茶店で住み込みで働いている。
今は高校を卒業すると同時にアルバイトからパートになり、フルタイムで働いている。
そんな彼の性別は希少と言われるΩである。
陽咲には二ヶ月位前まで、交際をしていた男性がいた。
相手の性別はαだった。
どこかの会社の跡取り息子だという彼ーー創 と出会ったのは、職場の喫茶店である。
創は大学一回生、陽咲は高校一年生の時である。
元々店の常連だった創のことを叔母はよく知っていた。
気づけば兄弟のような親しい関係になっていた。
バース性が広まったことにより、同性同士の恋愛も普通になった現代では特に偏見もされることがなかった。
だから、だろう。
二人の関係が兄弟のようなものから、恋愛に変わるのにそんなに時間はかからなかった。
幸せだったと思う。
あの頃は、ただ楽しくて幸せだった。
でも、それも過去の話だ。
創と深い関係になるとき、初めて彼に求められた日、陽咲はその時自分がΩ性であることを告げた。
トラブルを避けるために、ずっと隠していたのだ。
そんな陽咲を、創は受け入れてくれた。
何処までも、彼は優しかった。
ヒートの時は、二人で話し合って会わないと決めた。
それは、陽咲が言い出した事だ。
リスクはなるべく避けたかった。
その意思を、創は尊重してくれたのだ。
でも、彼はいない。
もう、陽咲の横にいない。
いつまでも、彼との関係が続くとそう思っていた。
でも、それは錯覚だった。
たしかに、陽咲はΩだ。
希少なΩ。
でも、数が少ないだけで、他にも確かに同じΩ性は存在するのだ。
創に縁談が舞い込み、その相手がとある社長令嬢でさらにΩだとくれば、Ω性であること以外、平々凡々な陽咲には何にもないのだ。
そう、もっと言うなら女性のΩのような可憐さはない。
肩書きだって、しがないパート店員である。
権力のある者からすればいくらでも潰せる人間だ。
それでも、わざわざ陽咲のもとに創の縁談相手であり、今では名実共に彼の婚約者となった女性が現れて別れるよう頭を下げて来たのは、きっと彼女なりの誠意だったのだと思う。
創は、彼女との縁談を当初は蹴ったらしい。
その理由が陽咲だと知って、陽咲から創を説得するよう言われたのだ。
別れるように、言われた。
そんなのは、嫌だった。
でも、今後の事を考えるなら彼女のお願いは妥当だ。
それくらい理解できる頭はある。
だから、嘘をついた。
あの日、嘘をついた。
他に、好きな人ができたから。
可愛い女の子なんだと、嘘をついた。
彼は、創は驚いて、寂しく笑ってそれでも、おめでとうと言ってくれた。
それが嬉しくて、悲しくて、陽咲は謝ることしかできなかった。
創はやっぱり優しかった。
そうして、ぽっかりと心に穴があいたような空虚な日々を過ごしていた矢先のことだった。
来るはずのヒートが来なかったのだ。
数日のズレなら、女性の月経と同じでよくある事だ。
そう思っていたのに、前兆すら訪れない。
それとは別で、体調を崩した。
もしや、と思ったのはΩのセミナーを受けた時の知識を思い出したからだ。
考えすぎな自分を安心させるために、近所のコンビニで簡易検査薬を購入したのだ。
笑って済ませて、病院へ行ってなんの病気か調べてもらおう。
結果を見るまでは、そう思っていたのに。
手にした検査薬、表示された結果は、陽性。
「こんなのって、ないだろ」
どうして、終わった後にこうなるのだ。
出来る限りの避妊はしたのに。
「はじめ」
すがるように、呟かれた名前は誰にも受け取られることなく、静かに消えた。
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