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嗜虐と恍惚と、屈辱と 1
*
「ふぇ・・・くしゃんっっ!!」
「珀英?大丈夫か?」
夕飯を食べ終わって、リビングでソファに座って、ずっと観たかった映画を観ながら、奮発(ふんぱつ)して買ってきた赤ワインを飲んでいたら、隣に座る珀英がくしゃみをした。
珀英がくしゃみしたり咳(せき)をしたりするのを聞いたことがなかったので、反射的に振り返った。
珀英はちょっと不思議そうに鼻をすすって、握っていたオレの手を離して、立ち上がると、箱ティッシュが置いてある所へ移動する。
鼻をかみ終わって珀英は戻ってくると、ソファには座らず、自分の体を抱きしめながら、
「やばい・・・風邪みたいです・・・」
と赤くなった鼻をすすりながら言った。
正月明けの忙しさが落ち着いて、年末寒気の寒さにも慣れてきた頃、お互いに時間ができ明日休みということもあり、のんびりとまったりとするつもりでいたのだが。
珀英がいきなり風邪をひいた。
珀英が体調を崩すなんてとても珍しいことで、出会ってから初めてじゃないかと思う。
真冬なのでお互いに厚手のセーターを着て、部屋もエアコンでぬくぬくにして寒くないようにして、体が冷えないようにしていたけれど、珀英は寒そうに体をさすっていた。
心なしか顔色も白っぽいのに、頬のあたりは少し赤くなってきている。熱が上がってきているのかもしれない。
そういえば夕飯作っている時から、少し寒そうな様子を見せていた。今と同じように体をさすったり、エアコンの温度を上げたり、やたらを暖かい飲み物飲んでたり。
気づこうと思えば気づけたのに、オレは、珀英の体調の変化に気づいてやれなかった。オレのこういうところ、本当にダメだと思う。
珀英は一人反省会を始めるオレに、弱々しく笑いかけながら言った。
「なんか寒気するからおかしいとは思ってたんですけどね。熱が上がってきたみたいだから、今日は帰ります」
「え?!これから帰るのか?!」
コートと荷物を取りに行こうとする珀英を、オレはソファから立ち上がってセーターの袖(そで)を掴んで引っ張った。
もうこんな遅い時間なんだから、このまま家で寝ればいいのに。
珀英は引き止めるオレの手をそっと離して、本当に淋しそうに微笑んで、申し訳なさそうに目を伏せた。
「このまま一緒にいたかったけど・・・緋音さんにうつせないから。本当にそれだけは絶対に無理だから」
「珀英・・・」
「だから、今日は帰りますね」
珀英はそう言うとコートを着て荷物を持ち、玄関へと移動する。
オレはあそこまで言われたら引き止めることもできず、珀英を見送ろうと玄関までついていった。
珀英は履(は)き慣れた黒いスニーカーを履くと、
「本当にごめんなさい」
とまた謝った。熱のせいでさっきより少し頬が赤くなってて、吐息も熱っぽい。
病気なんだから仕方ないのに。でも一緒にいたかったのも本音だ。
オレは珀英の胸倉(むなぐら)のコートを掴んで引き寄せた。
「あか・・ねさんっ!」
珀英が驚いて体を起こそうとするのを、オレは力づくで引っ張る。
口唇にキスはできないから。そっと、額(ひたい)にキスをする。
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