36 / 195

第36話

凪さんの秘書とは言ったけれど、俺は第二秘書で、第一秘書には中林さんというベータの女性がいるらしい。 本来なら俺が運転するべきなのに、凪さんが運転する車で出社し、乗り慣れたエレベーターに乗り二番目に高いフロアのボタンを押した。 「凪さん」 ボソッと名前を呼ぶと「何?」と顔を近づけてくる。 「俺、変じゃないですか……?」 「変じゃないよ。それに……服で隠れて今は見えないけど、これもよく似合ってた。」 彼が首に触れる。 シャツに隠れて人からは見えないけど、ここには彼から貰ったチョーカーを着けている。 黒色のシンプルなそれ。昨日貰ったばかりのこれは、お風呂に入る時以外外さないようにして欲しいと頼まれた物だ。 「ありがとうございます」 「真樹は綺麗な顔をしているから何でも似合うね」 「嬉しいです。でもそれは凪さんもですよ。」 エレベーターが目的の場所に着くと、スイッチを切り替える。 今からは彼の事を専務と呼ばないと。 「おはようございます。専務」 「おはよう。中林さん、こちら新しい私の秘書の堂山君。」 専務室の前、デスクが廊下を挟み向かい合って二つ置かれてある。 片方の席で立ち上がり深々と頭を下げた女性。 ショコラブラウンの髪色をしているミディアムヘアーの彼女はこれから一緒に仕事をする人。印象はクールビューティーという感じで、仕事ができるんだろうなと直感的に思った。 「初めまして。堂山 真樹です。よろしくお願いします。」 「初めまして。中林 和華(かずは)です。こちらこそよろしくお願いします。」 専務は自分の席に行って、俺は空いている中林さんの向かいの席を使う事になった。 デスクにペンケースやメモを出して、準備を整えていると、中林さんがやって来て分厚い資料を見せられる。 「これが今専務が直接携わっている業務内容の資料です。時間のある時にでも確認しておいて下さい。専務の外出について行くのは主に第一秘書の私ですが……」 そこで言葉を区切った彼女は、キョロキョロ辺りを見渡すと顔を近づけて小さな声で話し出す。 「貴方、専務の恋人なんでしょっ?」 「えっ!」 中林さんは何故か、ニコニコ笑顔でほとんど確信を持って聞いてきた。 さっきまで控え目に微笑むだけだったのに、どうして今はそんなに楽しそうな笑顔なんだ。 「簡単な内容なら貴方がついて行ってあげた方が、多分専務も喜ぶから、そういう時は声かけるわね!」 「え、ぇ……あ、ありがとうございます……?」 「専務ね、周囲の人にずっと心配されてたよ。ほら、もういい歳でしょ?なのに恋人の影が全く無いから。社長にいい人は居ないかってずっと聞かれていて正直困ってたのよね……。だから貴方が専務の傍にいてくれて嬉しいわ!何かあれば遠慮なく言って!仕事の事でも専務との事でもね!」 優しい彼女に鼻の奥がツンとする。 彼女は凪さんがアルファだと知っているはず。そんな彼と恋人の俺はオメガだと凡そ予測しているだろうに、こんなに親切にしてくれるなんて。 「えっ、堂山君っ!?ごめんなさい、何か気に障ることを……」 「違うんです、ごめんなさい。嬉しくて……」 両親にすら拒絶された俺に、こんなに優しくしてくれるなんて。 目に涙が溜まり、今にも零れ落ちそう。 「──どうかした?」 騒がしかっただろうか。部屋から専務が出てきて、俺達を見ると首を傾げる。 「堂山君?」 「すみません。何でもないです。中林さん、ありがとうございます。」 頭を下げる。 これからここで精一杯頑張ろうと心に決めた。

ともだちにシェアしよう!