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第93話
「なあ堂山、こいつ覚えてる?」
「……覚えてる。なあ、ごめん。俺今、人待たせてるから……」
「えー、何だよ。彼女?あ、もしかして遂に番見つけたのか?」
三森が肩を組んできて、焦燥感が増す。
「どんな人?結婚すんの?」
「本当、待たせてるから……」
「教えてくれよ!──っえ……」
突然、三森が素っ頓狂な声を出した。
何だと、彼の顔を見れば俺の首を見たまま固まっている。
──まさか
「え、何でお前に噛まれた痕があんの……?」
「っ!」
見られた。痕を見られてしまった。
今日は完全にプライベートだから、チョーカーをしていなかった。いや、最近は仕事の時以外はほとんど付けてもいない。それに……していたとしてもオメガだということはバレてしまうのだけれど。
「雰囲気変わったって思ってたけど……まさかお前、オメガになったの?」
ドクドク、心臓が激しく音を立てる。
手に持っていたスマートフォンが震えるのに、画面を見れない。そもそも動けない。
笑い飛ばせばいい?
違う、彼女に噛み癖があって……って苦しい嘘を言えばいい?
わからない。対処法が見つからない。
「マジか。嘘だろ?お前、アルファだったじゃん。」
「……」
「本当にオメガになったのか?え、性別変わるとかあんの?」
三森と、あとの三人が驚愕の表情で、本当に有り得るのかとコソコソ話し出す。
手に持っているスマートフォンは相変わらず震えていて、目の前の現実から逃げるように画面をタップしてそれを耳に当てた。
「真樹?今どこ?」
「……っ、な、ぎさん……」
「どうしたの。トイレに行ったんじゃなかったのか?」
「凪さん、どうしたら……」
心配する声を聞くと、泣きそうになる。
三森は俺を見ていて、その視線から逃げるように踵を返した。
向かおうと思っていた方向とは真反対の人気の無い場所でしゃがみこむ。
オメガが嫌なんじゃない。
アルファだった頃の自分を知っている誰かに、今の自分を見せるのは怖い。前はこうだったのに、今はこんなだって、勝手に落胆されるのが嫌だ。
俺だってこんなはずじゃなかったのに。俺自身が思うならまだしも、同じような事を勝手に、しかも他人に思われる筋合いはない。
顔を上げて、自販機のある隅っこに避難して、水を買い勢いよく飲んだ。
落ち着こう。まずは凪さんと合流しなければ。
「真樹っ!」
行こう、と思ったと同時に名前を呼ばれて顔を上げる。
そこには少し怒ったような、それでも心配気な彼がいて、安心したのか体から無駄な力が抜ける。
「帰ろう」
「……凪さんの、買い物は?」
「終わったから、早く帰ろう。顔色が悪い」
腕を持たれ、駐車場の方に足を向ける。
いつもと違って歩く速度が速い。
戻るのが遅かったから、怒らせてしまった。その事実がショックで、ただ黙って彼の後ろを歩いた。
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