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第8話 悔しいけどやりやすいコンビ
君のお株を奪ったりはしない、という約束を彰は確かに守った。彼は、プロ界の裏話などをしてイベントを盛り上げてくれたものの、説明は全面的に俺に任せてくれた。彰とのコンビは、悔しいが正直、やりやすかった。
いずみさんは、大学の友達だという男女数名と一緒に、最前列で耳を傾けてくれた。友達連中は、囲碁は全く初めてということだったが、俺の説明に納得した様子で頷いていた。そのリアクションに、俺はほっと胸を撫で下ろした。
こうしてイベントは無事終了した。参加者たちを見送り終えると、由香里さんがねぎらいにやって来た。
「風間くん、お疲れ様。大盛り上がりだったじゃない? 良かったわ」
「ありがとうございます」
「皆さん満足してくれたみたいね。だから、今後も定期開催しようかな、と思って。風間くん、その時はまた頼めるかしら?」
「もちろんです」
俺は思わず顔を綻ばせた。定期的に開催されるとなったら、収入も増える。それに何より、今度こそ、洋一さんと一緒に仕事ができるはずだ……。
「ありがとう。じゃあそろそろ、片付けましょうか」
「はい。あ、その前に、トイレ行ってきます」
由香里さんに断って、俺はサロンの外に出た。しかし、男子トイレに入ろうとして、俺ははっとその場に立ちすくんだ。中から、こんな会話が聞こえてきたのだ。
「まー悪くは無かったけどさー。あのアマチュアのインストラクター、出しゃばりすぎじゃね?」
「そうそう! 天花寺彰七段の解説をもっと聞きたかったよなあ」
「同じ金払うんなら、そりゃプロの話を聞かないと損だよな」
――出しゃばりすぎ。同じ金払うんなら。
彼らの言うことは、もっともだ。俺は自分にそう言い聞かせようとしたが、感情はすぐにはついて行かなかった。悔しさと切なさで、俺はしばらくその場から動けずにいた。
「風間先生!」
驚いて振り返ると、そこにはいずみさんがいた。彼女も会話を聞いてしまったのだろう、泣きそうな顔をしている。
「ごめんなさい……。私の友達が、無神経なこと言って。本当のこと言うと、みんな、囲碁には全然興味無いんです。私が、無理言って連れて来たから……」
「そうなの? どうして、また……」
「だって風間先生、前に言ってたじゃないですか。もっとたくさんの人に、囲碁の魅力を広めたいって。だから私、協力したかったんです」
――そういえば、そんなこと言った気もするかな。
「よく、覚えてたね」
するといずみさんは、顔を赤くした。
「風間先生のことなら、何でも覚えてます。――私、先生のこと好きだから」
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