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第7話 君を探してたんだ

 その日は、待ちに待った洋一さんと一緒のイベントの日だった。忙しい洋一さんはなかなか都合がつかず、打ち合わせはもっぱら由香里さんが相手だったが、初めて彼と一緒に仕事ができるということで、俺はかなり浮かれていた。  しかし、『文月』に一歩足を踏み入れた俺は、ぎょっとした。店内には、天花寺彰の姿があったのだ。  ――なんで、あいつが……。 「ああ、風間くん!」  そこへ、由香里さんがやって来た。 「実はね、洋一、別件の仕事が入って今日はダメになったのよ。でも朗報。代わりの講師を、彰七段が務めてくれることになったの」  ――嘘だろ? 「助かったわ。私と風間くんでやるしかないかと思っていたんだけど、やっぱりプロが来るのと来ないのとでは、集客が違うもの」  ――それならまだ、由香里さんと一緒の方がましだったのに……。  俺は、内心半泣きだった。何であんな奴と組まなくてはいけないのか。集客が違う、という台詞も、俺を苛立たせた。  ――頭では分かってるけどさ……。 「それから、いずみちゃんが大学のお友達を沢山連れて来てくれたから、風間くんからもお礼を言っておいてね。じゃあ後は、よろしく頼むわよ」 「はい……」  由香里さんは、バタバタと行ってしまった。そこへ、彰がやって来た。 「何であなたがここへ来るんですか」  俺は、ぶっきらぼうに尋ねた。 「そりゃ、君のせいでしょ。名前も教えてくれずに、姿をくらますんだから」  彰は俺を見つめて、ちょっと口の端を上げた。  ――まるで、俺を探してたみたいな言い方じゃないか……。 「そう、君のこと探してたんだ。風間昴太くん」  まるで俺の心を読んだような台詞に、俺はドキリとした。 「どうしてここに勤めてることが?」 「君がさっさと帰ってしまうから、一緒にいたお友達に聞いたよ。まるで警戒心の無い人だね」  ――馨の野郎……!  俺は心の中で歯ぎしりした。 「君と組めることになって、嬉しいよ。今日はよろしくね」  彰はにっこりと笑う。その笑顔に一瞬見とれてしまい、俺はそんな自分にはっとした。 「こちらこそ。でもまあ、あなたは特に何もしなくていいですよ。なんせ、あの天花寺義重九段の息子さんですしね。来て下さったというだけで十分です。面倒な説明は、僕に任せてくれればいいですから」  ――インストラクターのお株を奪うんじゃねえよ……。 「そうだね。君が説明上手なのは、この前の解説会で十分分かったから、説明は君に任せるよ。君のお株を奪ったりはしないから、安心して」  またもや心を読まれたようで、俺は今度こそぎょっとした。  ――何もかも、お見通しってか……。 「ただ、一つだけ承知しておいてもらえるかな」  その瞬間、彰の瞳に、冷たい光が宿った気がした。 「僕と父親は関係無い。父の名は、二度と口にしないように」

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