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第10話 誰と誰が、息が合ってたって
その翌週、『文月』に足を踏み入れた俺は、目を見張った。いつもの指定席に、いずみさんの姿があったのだ。
「風間先生、『もう来ないかと思った』って顔してる」
いずみさんは俺を見て、クスクス笑った。
「そりゃ、この前はすごくショックでしたけど。でも、それと囲碁は別だから。私、頑張って強くなりますね」
「う、うん。一緒に頑張ろう! 綾瀬さんは、このままいけば、すごく伸びると思うから!」
俺は、ホッとしてそう言った。同時に、強いな、という思いが頭を掠める。俺が失恋した時は、長い間立ち直れなかったからだ。
――たくと、どうしてるかな。
ふと、懐かしい面影が蘇った。速水 拓斗。俺の初恋……。
『ホモとか、気持ち悪いんだよ!』
『俺、男とか、絶対無理だからな!』
同時に、耳を塞ぎたくなるような彼の言葉も蘇り、ふと、碁石を持つ手が震えた。
「風間先生? どうかしました?」
いずみさんが、不思議そうな顔をする。何でもない、と俺は首を振ると、盤上に石を並べ始めた。
「それじゃあ、お先に失礼します」
いずみさんの指導を終え、受付にいる由香里さんに声をかけると、「ちょっと待って」という返事が返って来た。
「この前のイベントなんだけどね、月一で定期開催することに決まったから」
「マジですか? 嬉しいです」
俺は、顔が緩むのを抑えられなかった。しかし、その後に続いた由香里さんの言葉に、その笑いは固まった。
「でね、今後も天花寺彰七段と組んでもらうことになったから」
「何でですか!? 洋一さんは!?」
俺は、必死になって尋ねた。恐らく、血相が変わっていたことだろう。
「洋一も、結構スケジュールが詰まってきているしね。前回、彰七段と風間くん、すごく息が合ってたから、もうこのコンビでいいかなって。彰七段も、是非やりたいって仰ってるし」
――誰と誰が、息が合ってたって……?
「次の土曜日、彰七段がここに来られるのよ。ちょうど風間くんも出勤日でしょう? その時に、今後の打ち合わせをしておいてね」
一方的に告げられ、俺は呆然とその場に立ち尽くした。
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