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第11話 右目に泣きぼくろがある人って
オーナー夫人に逆らえるはずも無く、その次の土曜日、俺は『文月』の一角にある小部屋で、天花寺彰と向かい合っていた。
――洋一さんと接近するチャンスだったのに、何でよりによってこいつと……。
「どうかした?」
じっとりとした目で睨み付ける俺を、彰は首をかしげて見つめ返す。
「何でもない」
俺は首を横に振ると、今後は自分が説明する割合を減らしたい、と告げた。前回の、いずみさんの友達の言葉が、まだ胸に刺さっていたのだ。
「一体どうして?」
「――別に。ただ、どうせお金を払うんなら、やっぱり皆、プロの説明を聞きたいだろうと思って……」
「誰かに、そう言われたの?」
彰は、澄んだ声で俺の言葉を遮った。俺は、ドキリとした。
「人がどう言おうが、放っておけばいいじゃないか」
「別に、誰も何も……」
「僕はそうは思わないよ。君の説明はすごく上手だ。だから、自信を持ってほしい。それに、君らインストラクターは、僕らプロよりもずっと、生徒に接する機会が多いだろう? だから、初心者の悩みも、きっと僕らより理解できると思うんだ。僕は、プロにしかできない裏話で盛り上げるから、君はこの前と同じようにやればいい」
俺は、唖然として彰の顔を見つめた。奴がこんな風に励ましてくれるなんて、思いもしなかった。
「――ありがとう。じゃあ、そうするよ」
目を逸らしながら礼を述べると、彰はふっと笑って俺の顔を指でつついた。俺はぎょっとして飛びのいた。
「な……!?」
「泣きぼくろ、可愛いよね」
動揺しまくる俺に気づいているのかいないのか、彰は飄々とした様子で続けた。
「知ってた? 右目に泣きぼくろがある人って、恋愛運に恵まれてるらしいよ」
――そんなワケ、あるかよ。失恋してばかりだってのに……。
一瞬よぎった苦い記憶を、俺はぶんぶんと頭を振って追い払った。
「それって、女の場合だろ? てか、毎回毎回、断りも無しに触ってくんなよ!」
すると、彰はちょっと笑った。
「元気出て来たみたいだね」
――え。
こいつは、俺を励まそうとしてたんだろうか、そう思った時だった。不意に、部屋のドアが開いた。
「打ち合わせ、進んでる?」
入って来たのは、洋一さんだった。
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