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第12話 彼が好きなんだ?

「洋一さん!」  俺は、思わず彼の元へ駆け寄った。 「風間くん、お疲れ。彰くん、忙しいのに悪いね。交代してもらって」  洋一さんが、俺たちに向かって微笑みかける。いつもの柔らかいバリトンが耳をくすぐり、俺は思わず赤くなった。  ――何だか、久しぶりに会えたな。やっぱり、素敵だし……。 「いえ、アマチュアの方を教えるのは、いい機会ですから。風間くんは説明上手ですし、僕も勉強させてもらっていますよ」  彰がそつなく返す。俺は、恨みがましい視線を奴に送った。  ――あーあ。本来なら、この小部屋で二人きりになるのは、洋一さんだったはず……。 「何かあれば、何でも相談してね。それじゃ」  洋一さんが、帰ろうとする。名残惜しくなった俺は、思わず彼を引き留めていた。 「何?」 「えーと。洋一さん、十段戦の本戦入り、おめでとうございます!」 「ああ、ありがとう。ま、これからが厳しいんだけどね」  洋一さんは、ちょっと苦笑しながら部屋を出て行った。 「僕も、本戦入りしたんだけどね」  ドアが閉まった途端、彰がぼそりと言う。 「あ、そう。知らなかった。俺、プロの棋戦には興味無いから」  本当である。俺がチェックしているのは、洋一さんの対局結果だけだ。 「――前から思ってたんだけど」  しばらくの沈黙の後、彰はやおら口を開いた。 「君はもしかして、プロが嫌いなのかい?」  俺は一瞬、返答に詰まった。 「別に、そんな……」  ――その通りだとも、言えないし。 「でも何だか、そんな雰囲気を感じる。自分がプロになれなかったからプロを妬むというアマもいるけれど、君はそんな狭量な人間には見えない。だからこそ、不思議なんだ」  ――こいつはどうしてこう、勘がいいんだ……。 「それなのに」  彰は、意味ありげに笑った。 「文月九段は特別?」  俺はぎょっとした。 「彼が好きなんだ?」 「ま、まさか……。俺は男だぞ? 同じ男を好きとか……」  俺は、背中に冷や汗が伝うのを感じた。すると彰は、我慢できないといった様子で噴き出した。 「君って、本当に誘導尋問に引っかかりやすいタイプだよね。別に僕は、そういう意味で『好き』と言ったつもりじゃないんだけど? 自分から、男が好きだって白状したね」  ――こいつ……!  怒りと動揺でわなわな震えている俺の方へ、彰がどんどん近づいて来る。 「な、何だよ……」 「別に、黙っててあげてもいいよ? 君が男を好きなこと」 「本当か?」  ほっとしたのも束の間、俺は息を呑んだ。彰は、俺をドアに押し付けると、素早くキスをした。

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