「な……っ。何しやがる！」 　俺は、力任せに彰を突き飛ばしていた。 「何って。口止め料さ」 「口止めって……」 「文月九段に知られてもいいの？　彼、君がゲイだって知らないでしょう。君に好かれてるって知ったら、彼、どう思うだろうね？」 　――脅す気かよ……。 　俺は彰をキッと睨み付けた。 「そういうあんたはどうなんだよ。俺にキスするってことは、あんたもゲイか？」 「うん、そうだよ」 　あっさりと認める彰に、俺は唖然とした。 「そうだよって……。俺が、あんたがゲイだって言いふらすとは思わないのかよ？」 「思わないし、仮に言いふらされても構わない」 　彰は堂々と言い放つ。俺は言葉を失った。 「それからもう一つ、僕の頼みを聞いて欲しいんだけど」 「――まだ何かあるのかよ」 「いい加減、あんた呼ばわりは止めてもらえる？」 「あー、はいはい。彰先生とか、天花寺先生とか、そう呼べばいいんだな？」 　俺は皮肉たっぷりに言ってやったが、彰は意外にも否定した。 「まさか。普通に彰って呼んでくれればそれでいいよ。ああそれから、君のことは、昴太って呼ばせてね？」 「何か、注文多くないか？」 「じゃあ文月九段に話しても……」 「――う。分かったよ」 　洋一さんの名前を出されると、立場は弱い。突然大人しくなった俺を見て、彰は呆れたような顔をした。 「そんなに、文月九段が好きなんだ？」 　俺は、思わず顔を赤らめた。 「そりゃあ……。格好良いし、碁は強いし……」 「それなら僕もそうなんだけど？」 「――自分で言うなよ」 　確かに面(ツラ)だけ見れば、奴はイケメンだ。碁の実力にしても、すごいというのは知っているけど……。 「別に、それだけじゃないからな。俺が好きなのは、洋一さんの人柄だ。優しいし、紳士だし、それに奥さんのことをすごく大切にしてる。そんな洋一さんだから、好きになったんだよ」 「だから、片思いでもいいと？」 「ああ、そうだよ！」 　ふうん、と彰はため息をついた。 「知らぬが仏とは、よく言ったものだな」 「え？」 　別に、と首を振ると、彰は書類を広げ、打ち合わせの続きを始めた。俺にはその表情が、どことなく陰っているように見えた。