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第14話 まだ、忘れられない

  その夜、俺は一人ベッドの上で、彰のことを思い返していた。  ――キスなんかしやがって、どういうつもりだ……。口止め料とか、言ってたけど……。  もしかしたらあいつは俺のことが好きなのだろうかと思いかけて、俺は慌ててその考えを否定した。  ――何考えてるんだ? あの天花寺義重の息子だぞ? 父親は関係無いなんて言ってたけど、どうせ同類に決まってる。第一、俺が好きなのは洋一さんなんだから。あいつのことなんか、気にする必要は無いんだ……。  そう思いながらも、俺は奴の唇の感触が忘れられずにいた。  ――少し乾いてて、でも吐息は熱くて……。  そこまで考えて、俺はまたもやはっとした。  ――何を余韻に浸ってるんだ。あれはただ、キスなんて久しぶりだったから。ただ、それだけのことだ……。  俺にキスの経験は、数えるほどしか無い。高校時代に俺は、ゲイだと知られていじめに遭ったことがある。その経験から、大学では自分からカミングアウトした。途中でバレるよりはましだろうと思ったからだ。すると、自分もそうだという同級生が寄って来た。そいつとは大学三年まで付き合ったが、結局向こうに、他に好きな男ができて、別れた。  そいつを取り戻そうとしなかったのは、きっとそれほど好きな訳では無かったからだろう。恋というよりはむしろ、仲間意識だったように思う。それ以来、俺は彼氏のいない状態が続いている。特に、就職先は塾という教育業だった関係で、素行にはかなり神経を使っていたのだ。  ――そろそろ、恋人は欲しいけど。でも……。  そこまで考えて、胸がズキンと痛んだ。『恋人』というフレーズでいつも思い浮かぶのは、懐かしい細身のシルエットと、ちょっと幼い笑顔だ。――そう、拓斗。  ――いい加減、忘れないといけないのに……。  結局のところ、俺はまだあいつのことが忘れられないのだ、といつも思い知らされてしまう。俺はぎゅっと目をつぶると、布団を引っ被り、拓斗の面影を追い払った。

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