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第91話 差別する気はありませんから

 狼狽えている俺に向かって、影山さんはさらにとんでもないことを言った。 「秋野(あきの)と付き合ってましたよね? 僕、彼と同じゼミだったんです」  俺は、今度こそフリーズした。秋野亮佑(りょうすけ)は、俺の当時の彼氏だ。青ざめる俺に向かって、影山さんは安心させるかのように微笑んだ。 「そんな顔なさらないでください。そういうことで差別する気はありませんから。むしろ秋野からは、風間先生が真面目な方だと伺っていました。だからこそ、囲碁サークルでお名刺を見た時に、お願いしようと思ったんです」  ――ああ、よかった。  俺はほっと胸を撫で下ろした。この性癖を理由に立て続けに仕事を断られた後だっただけに、影山さんの言葉が胸にしみた。 「ありがとうございます! あの、頑張ってやらせていただきます。よろしくお願いします!」 「こちらこそ、よろしく。そんなにかしこまらないでいいよ? 同窓なんだしね」  影山さんは、人懐っこく笑った。  幼稚園から帰ると、マンションの部屋は真っ暗だった。  ――彰も匠さんも、まだ帰ってないのかな……。  そう思いながらリビングの電気を点けた俺は、ぎょっとした。匠さんが、ソファに横たわっていたのだ。 「匠さん! どうしました?」  また発作だろうか、と俺は慌てて駆け寄った。 「ああ、風間さん」  匠さんは、だるそうに身体を起こした。 「驚かせてすみません。部屋まで行く気力が無くて……」 「病院、行ったんですよね? どうでした?」 「それが……」  匠さんは、ちょっと口ごもった。 「薬をもらうだけの予定だったんですが、診察を受けたら、病状が悪化していると言われまして。思いがけず、薬が増えてしまいました」  確かにテーブルの上には、沢山の薬が積まれていた。 「俺、喘息のことってよく分からないんですけど、何が原因なんですか?」 「まあ、色々ですね。ストレスとか……」  ――ストレス、か。  俺はちょっと考えてから、こう告げた。 「匠さん、それなら一人暮らしは止めた方がいいんじゃないですか? 環境が変わるのって、きっと良くないですよ。俺なら構わないから、ここにいてください」

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