90 / 168

第90話 個人的に存じ上げていましてね

 数日後の午後。俺は、ほのか幼稚園へ面接に出かけた。あの影山さんという人に連絡を取ったところ、トントン拍子で話が進み、一度園に来てくれ、ということになったのだ。  その日彰は、朝から仕事で出かけていた。俺は、自分も出かけるという匠さんと一緒に、駅へ向かった。 「へえ、幼稚園で教えられることになったんですか」  匠さんが、感心したように言う。 「まだ決まったわけではないですよ」 「風間さんなら、きっと採用されますよ。小さいお子さんにも好かれそうだし。難しい面もありますけどね。僕も、子供向けの囲碁教室を担当したことがあるので、何となく分かりますが」  ――だろうな。でも、チャンスなんだから頑張らなきゃ……。 「ところで、匠さんは今日はどちらに?」  彼は、仕事というわけでも無さそうだ。 「病院ですよ」 「えっ、また具合が悪いんですか?」  俺は焦ったが、匠さんはいやいやと否定した。 「定期的に薬をもらいに行くだけなので。――ところで、まだ居座っていてすみません。新しい部屋、色々探してはいるんですが。どれも一長一短といったところで、まだ決まらないんですよ」 「とんでもない! 元はと言えば、俺が押しかけたせいですから。気になさらないで、じっくり選んでくださいね」  俺は恐縮したが、匠さんは駅で俺と別れるまで、ずっとすまなさそうな様子だった。 「影山徹郎(てつろう)と申します。この度は急なお願いで申し訳ありません」  ほのか幼稚園で俺を出迎えてくれたのは、俺より少し上くらいの若い男性教諭だった。てっきり女性かと思っていた俺は、若干面食らった。  ――そういえば、幼稚園や保育園の先生も、最近は男性が増えてるんだっけ。  影山さんは長身で目が細く、優しそうな顔立ちをしている。これなら子供たちにも好かれそうだな、と俺は思った。園長は中年の女性だったが、彼女は少し顔を出しただけで、面接はほとんど影山さんが行った。質問はごく形式的なもので、俺はあっさり採用が決まった。 「では打ち合わせのため、また定期的にお越し頂きたいのですが……」  影山さんはそこで、ふと微笑を浮かべた。 「実は僕、風間先生を個人的に存じ上げていましてね。M大教育学部でしょう? 僕もそうなんですよ。学年は一つ上ですが」  俺はドキリとした。大学時代、俺はゲイだと周囲に公言していた。  ――じゃあ、影山さんは、俺がゲイだと知っている……?

ともだちにシェアしよう!