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第93話 弟には気を付けた方がいい

 翌朝匠さんは、何事もなかったかのような態度だった。 「風間さん、本当にすみません。夜中に水を飲もうとして、うっかり手を滑らせて割ってしまったんですよ」 「……」  心底申し訳ないといった素振りで謝罪する彼に、俺はどう返せばいいか分からなかった。 「怒ってます? ひょっとして、思い入れのあるお皿だったとか?」 「――別に、そんなことは無いけど」  皿自体は、安物だ。俺はただひたすら、匠さんの行動が恐ろしかった。 「昨日はふらふらしていたからなあ。怪我はしなかったか?」  何も知らない彰は、むしろ匠さんを心配している様子だ。 「昴太、悪かったね。今度新しいのを買いに行こう。僕とおそろいってのもいいかもね」  彰が、能天気なことをほざく。俺は適当に相槌を打つと、早々に仕事に出かけたのだった。  その夜、俺は馨を飯に誘った。兄弟がいる奴の気持ちを聞いてみたかったのだ。馨には、同じくサラリーマンの兄と、大学生の妹がいる。 「お前の兄貴って、今彼女いるんだっけ?」  そう尋ねると、馨はむっとしたような顔をした。 「ああ、途切れたこと無いよ。俺とは大違い」  馨の兄貴は、弟と違ってイケメンなのだ。僻んでいる様子の馨に、俺はちょっと慌てた。俺は奴に、同居している彰の弟が、どうやら俺に敵意を持っているらしいと話した。さすがに、皿の一件は言えなかったが。 「だからさ、兄弟に恋人ができたりすると、嫉妬したりするもんかなって」 「さあ……」  馨も、困惑した様子だ。 「妹は彼氏いねえけど、もしできたらちょっと心配くらいはするかな。でもいい奴だったら、普通に応援してやりたいし。兄貴の場合は、真逆。一人くらい回してくれよって感じ」  馨は最後の方をちょっと冗談めかして言ったが、俺は笑う余裕が無かった。そんな俺を見て、馨は心配そうな顔をした。 「とはいっても、世の中にはいろんな兄弟がいるからな。そういう感じがするなら、その弟には気を付けた方がいいかも。特に天花寺家は、複雑なんだし」  分かった、と俺は馨の目を見て頷いた。

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