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第94話 何だか気が乗らないみたい

「昴太、今日は幼稚園での打ち合わせだっけ?」  その日朝食を終えると、彰は俺に尋ねた。ちなみに奴は、今日オフだ。 「うん、午後から」 「午後か。じゃあ、まだ時間あるよね?」  彰は意味深な笑みを浮かべると、ちらりと部屋の方に視線を投げた。  ――まあ、言いたいことは分かるけどさ。  今日、匠さんは手合いだ。だからその間に、ということなのだろう。匠さんは、夜遊びというものを一切しない。体が弱いせいもあるだろうが、人付き合いも嫌いみたいだ。だからよほどのことが無い限り、彼は毎晩在宅している。さすがの彰も、弟が隣の部屋にいる状況で俺を抱く気にはなれないらしく、俺がここに来てから、エッチは数えるほどしかしていないのだ。  素直に服を脱いでベッドに横たわった俺を、彰は性急に愛撫し始める。でも俺は、いつもみたいに行為に夢中になれずにいた。  あれ以来匠さんは、以前と変わりなく、にこやかに俺に接してくれる。その様子だけ見ていると、俺はあの晩、夢でも見ていたんじゃないかと思うくらいだ。  ――でも、俺の皿を叩き割ったのは事実……。  あのことを、俺は彰に言えずにいる。正直、話しても信じてもらえるか不安なのだ。彰は匠さんのことを、本当に可愛がっている様子だから……。 「あまり良くなかった?」  散々俺を揺さぶり、俺の中に欲望を放ってから、つながったままの状態で彰が尋ねる。そんなことない、と俺は答えた。集中できなかったのは事実だが、俺も二回はちゃんとイった。 「何だか気が乗らないみたいだったから……。今の幼稚園の仕事、何かトラブルでもあるの?」  彰は、そう推測したようだった。 「何もねえよ。先生たちも、皆いい人だし」  特に影山さんは、囲碁サークルに参加していただけあって碁の知識が豊富だから、一緒に仕事していてもやりやすい。大学も同じな上、俺がゲイと知っても普通に接してくれる彼に、俺はすっかり心を許していた。 「ならいいけど。ところで幼稚園の先生って、やっぱり女性ばかりなの?」  彰も、当初の俺と同じ発想をしたようだった。俺は、男性の先生もいる、と答えた。 「へえ……。気を付けてね。昴太は可愛いから、狙われるんじゃないかと思うと、心配で」 「そんなことあるわけ無いって」  影山さんが大学の先輩だというのは内緒にしておこう、と俺は密かに思った。彰はこう見えて、かなり嫉妬深い。痛くもない腹を探られるのはごめんだ。 「じゃあそろそろ……」  俺は起き上がろうとしたが、その瞬間、彰が俺を抱く腕に力がこもった。同時に、俺の中で奴が急に大きくなったのが分かり、俺はぎょっとした。 「まだ時間あるよね?」  こうなったら彰は止められない。俺は目を閉じて、奴に身を任せたのだった。

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