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第100話 誰と恋愛しようが戻って来てくれます

  ――何……だって? 他人……?  俺には、匠の言葉の意味が理解できなかった。そんな俺を見て、匠はくすりと笑った。 「何だ、何も知らないんですね。兄から聞いていないんだ? まあ所詮、その程度の関係なのかな」 「どういうことだよ」  俺は奴を睨み付けたが、同時にドキリとした。前に彰が言っていたことを思い出したのだ。  『匠とは、血が繋がってないから』  ――あれは、初めてエッチした翌朝だった……。 「彰が、あんたたち兄弟の親父の天花寺義重九段と、愛人の黒川詩織六段の間にできた子だってことは知ってるけど……」 「僕の父親は、天花寺義重じゃありませんよ」  匠は、俺の言葉を遮った。俺は一瞬、フリーズした。匠は、淡々と語り始めた。 「僕の母親は天花寺雪乃ですが、父親は義重じゃありません。僕の母は、夫の不倫に耐えかねて、自分も浮気したんですよ。それも、名も知らぬ行きずりの男とね。でもその時、うっかり子供ができてしまいました。それが僕です。皮肉なものでしょ? 夫との間には長らく子供が授からず、だからこそ愛人の子である兄を家に入れよう、なんて苦肉の策を講じたというのに。行きずりの男との一夜の過ちで、子供ができたんですから」  俺は、ただ茫然と匠の話を聞いていた。 「天花寺義重は、僕が自分の子じゃないことは分かっていましたが、妻が産むというのを止めることはできませんでした。そりゃそうでしょう。愛人の子を家に入れた引け目がありますからね」  匠は、自嘲めいた笑みを漏らした。 「兄は愛人の子という立場で、母から辛く当たられていました。でも僕にとっても、あの家は決して居心地のいい場所ではありませんでした。父親はもちろんですが、母親も僕に愛情なんか無かったですから。夫への当てつけで関係を持った一夜限りの男との子なんて、疎ましいだけのようでした。おまけに僕は病気がちで、碁だって才能は無くて。あの家で僕は、厄介者みたいなものでしたよ……。でも」  匠はそこでちょっと言葉を切ると、顔を赤らめた。俺は何だか、背筋が寒くなった。 「兄だけは、僕の味方になってくれました。僕は、小さい頃から身体が弱くて家に引きこもりがちで、友達もほとんどいませんでした。そんな僕を、兄はいつも守ってくれたんです。頭が良くて、性格も強い兄は、ずっと僕の憧れでした。いいえ、兄は僕の全てだったんです……」 「匠さ……」 「それに、兄もね」  匠は、これまでとうって変わった好戦的な眼差しで、俺を見据えた。 「あの荒んだ家庭で、僕たちはずっと、支え合って生きてきました。誰にも、僕たちの絆を壊すことなんてできやしません。だから、誰と恋愛しようが、兄は必ず最後には僕の所へ戻って来てくれます。それに、何も問題は無いでしょう? 表向きは兄弟ですが、僕たちは、父親も母親も違うんですから」

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