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第101話 俺に嫌がらせしてたんだな
俺と匠の視線が、激しくぶつかる。奴が俺に向ける眼差しは、完全に恋敵に対するそれだった。
――こいつは、彰に本気で恋してる。血の繋がらない兄である、彰を……。
「それで、俺に嫌がらせしてたんだな」
俺は怒りに燃えて、匠を睨み付けた。
「だから、俺の生徒たちに俺を中傷するメールを送り付けたんだろ! 陰険な真似しやがって!」
すると匠は、わざとらしく首を傾げた。
「メール? 何のことですか」
「とぼけんな。さっきの音声が、メールに添付されてたのは知ってんだよ! 俺の声だけ切り取ってな。お前が編集したんだろ? そして彰の声は、自分のオカズに使うってか? 気持ち悪い!」
しかし匠は、相変わらず平然としている。俺は心底、こいつが薄気味悪く思えてきた。
「僕がやったという確かな証拠はあるんですか? あなたがどんな生徒を教えているかなんて、僕、知りませんよ?」
俺は、うっとつまった。
――確かに、こいつはどうやって俺の生徒たちの個人情報を知った……? 彼らの連絡先は、スマホと手帳にしか登録していないってのに……。ん、手帳?
俺は、はっと気づいた。
「あの日だな。彰が俺を初めてこのマンションに連れて来て、お前と引き合わせた日。発作起こしたお前を病院に連れてった時、鞄の中身が入れ替わったろ。あの時、手帳の中を見たんだな?」
あの後彰は、俺の鞄の中身が匠の鞄に入り込んでいたと言って、家まで届けてくれた。その中に手帳も含まれていた、と俺は思い出したのだ。そういえば、病院に着いた途端、匠は俺に帰れと言い出した。恐らくは、俺が帰ってから彰が来るまでの間に、手帳の中味を写し取ったのだろう。
「へえ。思ったほど馬鹿じゃないんだ」
匠は薄く笑った。
「じゃあ、この音声はどうやって手に入れたと思うんです?」
俺の脳裏に、さっき漏れ聞いた音声が蘇る。
『顔を見ながらしたいな……』
あれは、まさにその同じ日だった。家に来た彰は、俺を抱きながら確かにそんな台詞を吐いた……。
「彰の鞄に盗聴器でも付けたか?」
当てずっぽうで言ったが、どうやら図星だったらしい。これはたまげた、という表情が匠の顔に浮かぶ。
「兄は、出かける支度も帰ってからの鞄の片付けも、全て僕に任せてくれますからねえ。まあそれだけ、全面的に信頼してくれてるってことなんだけど……」
――そこまで、やるのかよ。
俺は愕然とした。
「おい、一つだけ教えろ。あのメールに書いてあった、俺の中高時代のエピソードは、どうやって手に入れた?」
「世の中には、興信所という便利なシステムがありますからね。天花寺家には、愛情は無い代わりに、財力だけはあるんです」
そう言って匠は、くすっと笑った。
「良かったですね? 唯一のお友達が、裏切った犯人じゃなくて?」
――こいつは、俺が馨に不信感を抱くように仕向けたのか……?
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