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最終話 『だめんず・うぉーく』は終わりだ

「お前、馬鹿か!」  俺は、思わず怒鳴っていた。 「せっかく、棋士って職業から解放されたってのに、こんなもんのために……!」 「君にとって、大切なものだろう? 父は言っていたよ。あのノートは、アマチュアが作ったとは思えないほど素晴らしい出来だった、と。だから、処分もせずにずっと持っていたんだろう」  ――天花寺義重は、あの価値を認めたのか……。元三冠の男が、一介のアマチュアが作った解説を……。  俺は、思わずノートをぎゅっと抱きしめた。 「ありがとう……。でもお前、店もオープンしたのに、本当に大丈夫かよ? 両立できんのか?」 「いや」  彰は、かぶりを振った。俺はぎょっとしたが、彰の口から飛び出したのは、予想もしない言葉だった。 「棋士には復帰しないよ。父は、僕の決断を認めたんだ。自分の好きな道を行けと言ってくれた」  ――何だって……!?  俺は、信じられない思いだった。  ――あれほど、彰に跡を継がせたがっていたのに……? もしかして、俺が言ったから……?  彰は、俺を見つめてにっこりした。 「父は、昴太とイベントで会った時のことを覚えていたよ。まさかあの時の子が、僕のパートナーだとは思わなかった、と驚いていた。そして、無条件にこれを返してくれたんだ。それから、君は要らないと言ったらしいが、示談金はやはり五百万払うそうだ。きっと昴太のことを認めてくれたんだよ。僕らを応援しようという、あの人なりの表現だろう」  俺は何だか、胸が熱くなった。  ――あの天花寺義重にも、息子への愛情があったんだな……。 「やあ、こんにちは」  そこへ、客が入って来た。 「うわあ、本当にリニューアルされたんですねえ。店の名前まで変わったんだ。新しい名前も、なかなかいいじゃないですか」 「ありがとうございます。二人で、考えたんですよ」  客に向かってそう答えると、彰は俺の方を振り向いて微笑んだ。 『お前の店なんだから、お前の名前でいいじゃんか』  彰から店の名前について相談された俺は、当初そう答えた。 『でも僕は、もう天花寺の家は捨てたも同然なわけだから。それに、昴太の名前も入れたいんだよね。これは、二人の店だと思っているから……』  あれこれ話し合った挙句、二人の名前の意味を表す漢字を組み合わせた店名にしよう、ということで俺たちの意見は一致したのだ。こうして決まった名前は『星彩』。昴太の『昴』が星座を表し、『彰』が鮮やかな模様を表すところから来ている。  ――もっと話し合っていきたい、って俺が言ったのを、彰は早速尊重してくれたんだよな……。  俺は、彰に向かって微笑み返した。  ――確かに俺は、今まで『だめんず・うぉーく』ばかりしてきた。でも、それももう終わりだ。こんな素晴らしい男に出会えたんだから……。  うららかな春の陽ざしが、客と談笑する彰の横顔を穏やかに照らしていた。                                                 <完>

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