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あこがれ

今でも鮮明に覚えている。 沢海先輩と初めて出会った日のこと。 「運命」なんて言葉はキライだけど、この時は「運命」だったのかなって思う。 宮原悠ーーー中学校3年生ーーー 偏差値も自分のレベルに丁度合っていたので、実家から近い地元の高校へ進学する目標を決め、勉強に部活に励んでいた。 部活も陸上部に所属して、尚且つ地元のサッカークラブにも所属をして、充実した日々を送っていた。 夏休みがあと僅かで終わり、学校の課題も塾の補習もある程度落ち着いてきたので、残り数日の夏休みを満喫しようかと、宮原は考えていた。 そんな中、クラスメイトが地元の駅から電車で4つほど離れたところにある「私立蒼敬学園の学校見学に行く」と言い、自分の目指している以外の高校がどのようなものなのか、どういったものなのか気にもなるので、一緒に行くことにした。 学校見学は授業体験だったので、教室に入り、改めてこの学校は「進学率9割、就職率1割」だったことを考えてしまう。 「この勉強のぺース、ヤバくね?」と同意を求めるクラスメイトの言葉に宮原も苦笑いをするしかない。 「やっぱ、ココの作りが違うんだよ」 宮原は自分のこめかみをトントンと叩きながら、溜息をついた。 「そういえば…」 宮原は思い出したかのように言う。 「確か、蒼敬学園って去年、高校サッカーの県予選でベスト4だったんだよね? サッカー強豪チームを打ち負かした!とか ジャイアントキリングだ!とか。 ここ最近、またニュースとかで学校の名前をきいていてさ。 今まで、サッカーでは無名高校だったから、知らなかったけど」 既に高いハードル=偏差値の壁に挫折しているクラスメイトが興味なさそうに返答する。 「へぇ…そんなにサッカーが強いんだ」 「ね、ちょっとだけ。 ちょっとだけで良いからさ。 グラウンド、見に行かない?」 宮原は早々に筆記用意具を片付け、こっそりと帰り支度をしている。 クラスメイトはニヤリと笑って、同じうようにノートと筆記用具を片付けた。 「「帰っちゃおっか?」」 2人の意見が同時に合い、長い渡り廊下を隠れるように走り抜けると校舎の裏側にあるグラウンドへ続いていく。 グラウンドへ出ると敷地内は野球部とサッカー部が隣接してあり、校舎の奥側にある斜面のある土地を整地している。 そこには新しくサッカー専用の人工芝のピッチ、更にナイター設備を建設工事している。 宮原も地元のサッカークラブに所属はしているが、市陸上部競技場を借りない限りはナイター設備がなかったので、羨ましく思ってしまう。 「いーなー…ナイター設備……」 宮原は恨めしそうに新設しているピッチを眺めてしまう。 「馬鹿やろ!! 離せってさっきから言ってんだろ!! 見えねーのか? ーーーよく見ろ! 相手に食い付き過ぎなんだよ! …離れろ!!」 いきなりの怒声に宮原とクラスメイトはビックリして、周りを見渡してしまう。 その声は砂埃と土が見える、雑草でデコボコと隆起したピッチの方面から聞こえてくる。 ピッチ内ではビブスを着用して紅白戦が行われていてるのか、レギュラー組であろうセンターバックの選手の声らしかった。 「……いきなり……ビビったぁ…… 怖わっ!」 クラスメイトがその怒声に驚く。 宮原は要所で声を荒げるセンターバックの選手を凝視してしまい、その選手の姿に目を見張ってしまう。 その選手は他のポジションの選手に対しても的確な指示を出していて、ボールを持って視野が狭くなっている選手をフォローしている。 当然、指示を出された選手は次のプレイの動作が入りやすいので、楽にボールを捌ける。 ポジション的に指示を出すだけでなく、ボールコントロールも巧みで相手チームが間合いを詰めてきても足首と足の裏を使ってサラッと交わしてしまう。 「上手いな…フィードもしっかり合わせてきている」 特にラインコントロールの上げ下げが巧みで、相手をオフサイドトラップに簡単に掛けてしまう。 コンマ0.1秒のタイミングで相手を嵌める絶妙なプレイスタイルだ。 コンパクトに自陣を纏めて攻守の切り替えが早く、相手チームがスピードを抑え切れない。 「一緒にプレイしたら楽しいだろうなぁ…」 ロングフィードでボールを前線に繰り出すと、ボールが味方の足元に収まり、ワンタッチでシュートモーションに入れる。 ボールを落とした位置が相手キーパーと相手ディフェンダーとの間に入ったので、お互いにボールを触ることが出来ず、間合いの隙を狙ってゴールを決められてしまう。 センターバックの選手が「ナイッシュー!」と親指を立てている。 「このチームでサッカーしてみたいなぁ…」 宮原は食い入るようにサッカー部の練習を見てしまう。 無我夢中で試合の流れを、ボールの行方を、センターバックの選手の動きを追ってしまう。 『サッカーがやりたい! ボールを蹴りたい!』 『あのセンターバックの選手と同じチームで試合をしてみたい!』 「どこ見て飛ばしてんだーーーー!!」とまた怒声がピッチに響き、ボールが宮原のいる方へ飛んでくる。 宮原は右足の爪先でボールを引っ掛けると軽くリフティングをしてボールを拾い上げた。 飛んで行ったボールを取りに、先程からの怒声を上げていたセンターバックの選手が宮原の方へ走ってきた。 「サンキュ」 と、ボールを拾ってくれたお礼を言い、右手を出してボールを要求する。 宮原はボールを抱えたまま、抑え切れない想いを吐露してしまう。 「あの! オレ、このチームでサッカーがやりたいです! ……先輩と一緒にサッカーがやりたいです!」 緊張感さえ漂う練習の真っ最中に、突如告白めいた 事を言われ、センターバックの選手は「え?」と聞き返してしまう。 同じ高校の制服ではない、中学校の学ラン姿だと分かるとセンターバックの選手はニヤリと口元を緩める。 「じゃぁ、来いよ。 来年、うちの学校を受験して…… ポジション、取ってみろよ」 流れる額の汗を腕で拭い、宮原を挑発する。 宮原は挑発を激励を受け取ったのか、「絶対に取ります!レギュラーになってみせます!」と意気込む。 センターバックの選手は純粋で素直な反応に吹き出してしまう。 すると、ピッチ側にいる他の選手の方向から声が聞こえる。 「おい!1年!早くポジションに戻れ! 試合、止めてるんだぞ!」 「え?1年生??」 宮原は吃驚してしまう。 練習最中、他の誰よりも声を出して、ボールを落ち着かせてゲームをコントロールし、守備の要として中心的存在だった、目の前にいる選手が『1年生』なのだと。 センターバックの「1年生」は宮原からボールを奪うと、踵を返して目線だけ振り向く。 「来年の春、な」 ダッシュでピッチに戻るセンターバックの選手のユニフォームの背中に『SOUMI』とプリントされている。 レギュラー番号でもある『2番』 「ソウミ、先輩…か…」 その日の夜、自宅に帰った宮原は両親に土下座をして、地元の高校ではなく、私立でもある蒼敬学園に行きたいと嘆願し、数日掛けて漸く納得してもらった。 それからの宮原は偏差値も上がることから、更に勉強に励み、翌年春には私立蒼敬学園の生徒になることが決定した。

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