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混乱

「ーーーっと! ちょっと、待って。 テーピングが切れた」 沢海は紅白戦の真っ最中でプレイを一旦、止めた。 足首の固定も兼ねていたテーピングだったので、足が引き攣ってしまう。 監督に手を上げ、サブメンバーと交代してベンチに戻る。 「…あれ?…… テープがないな……」 自分のボストンバックの中に入っているテープを探すが、普段は持ち歩いている筈なのに中々見当ずにいた。 部室に忘れてきてしまっているのかと思い、ピッチから少し離れたサッカー部の部室に向かう。 部室に到着すると出入り口の扉が少し開いて、中からシャワー音が聞こえてきた。 部室の清掃に宮原がいる筈なのに、何か様子がおかしい。 『何だ? ーーー他に誰かいるのか?』 室内に入るとすぐに個人ロッカーが並んでいるが、明らかに清掃をした形跡が無く、逆にサッカーの備品類が散乱している様に見える。 『誰もいない筈なのに…』 先程からシャワー音が流れている。 その蒸気がロッカー室にまで流れ込んでいて、沢海はシャワールームに入った。 中に入るとシャワーヘッドが床に転がり、ぬるま湯が排水溝に流れている。 沢海はコックを撚り、シャワーカーテンを開けようとした瞬間、そのシャワーカーテンの下から人の足が見え、吃驚する。 「おい! ーーー!!!ーーー」 大丈夫か?と声を掛けようとしたが、沢海は問い掛ける声を失った。 左膝に集中する、スパイクの痕跡と切り傷。 両指は赤黒く内出血で滲み、両頬は腫れ、髪と顔に精液が粘り付いている。 下半身は服が脱がされ、双尻から血と精液が垂れている。 『ーーー宮原ーーー』 沢海は宮原の姿に驚愕した。 一体、誰が。 一体、なんで。 一体、どうして。 浅い呼吸を繰り返す宮原を腕に抱き上げ、身体を揺さぶり、声を掛けるが反応がない。 「宮原! ーーー宮原っ!!」 ぐったりとした身体は沢海の肩に寄り掛かり、宮原の顔に青白い影が落ちている。 沢海は意識の戻らない宮原を抱き締めると、絞り出すような声で宮原に問い掛ける。 「宮原っ!!」 動揺が先走り、手が震える。 宮原の髪にふれ、腫れた頬を触る。 自分の震える手で薄い硝子を壊してしまうような、溶けてなくなってしまいそうなーーー触れてしまっていいのだろうかーーーと。 宮原をこのままの状態にする訳にもいかない。  だからと言って、他の誰かに協力を乞う訳にもいかない。 なるべくならば、このまま誰にも見付からないようにしなければいけない。 宮原の事は誰も知らなかった、宮原の事を誰も見なかったとしてしまいたい。 もうこれ以上、宮原の心の傷を抉じ開けないように出来るのならばーーー 「ーーー宮原…… 我慢、しろよ…」

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