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記憶と嘘
沢海は宮原を自分の胸元に抱き抱え、シャワーヘッドを手にした。
シャワーのコックを捻り、ぬるま湯を出す。
沢海は温度を確認するとそれを手に掬い、宮原の
手に触れる。
宮原の両指は歯で噛んだような傷が何箇所もあり、皮膚が赤黒く変色し、深い形跡が残っている。
傷が沁みないように少しずつ触れてはいるが、痛みがあるのか時折、宮原の身体が強張る。
『ーーー』
沢海は宮原の顔に触れ、涙の跡と精液を流し、口唇を拭く。
沢海の指が宮原の睫毛に触れると、目蓋が僅かに動く。
手を止め、宮原の顔を見詰めるが浅い呼吸を繰り返すだけだった。
沢海は宮原の顔と手をタオルで拭いていく。
そして、宮原を壁際に寄り掛からせると宮原の横に膝をついた。
左膝裏に皮膚が捲れ、腫れて赤くなっている。
強い衝撃によって出来たと思う、スパイクの蹴り傷。
サッカーの試合最中に削られるような傷ではない。
明らかに故意に相手に怪我をさせるような傷跡。
まさかと思い、沢海は宮原の左腿と左膝を触り、感触を確かめてみる。
最悪の事態ーーー靭帯断裂ーーーはないものの、左足先の動きからして、あまり状態は良くない。
左膝がかなりの熱を持っていて、炎症を起こしているのは確実だ。
そして、沢海は止まってしまう。
この先はどうしたらいいのだろうか。
何もしない方がいいのだろうか。
ーーー宮原ーーー
沢海は宮原の色を失ってしまった顔を見る。
宮原の閉じた目から、スッと涙が流れていく。
「ーーー泣くなよ……」
沢海は優しく宮原の髪を撫でると、宮原は前髪の隙間から涙の跡が残っているのが見える。
沢海はシャワーヘッドを取り、ゆっくりと宮原の双尻へ当てる。
纏わり付く血と精液を少しずつ流していくと、傷口が滲みるのだろうか、宮原の身体に力が入り、呼吸が荒くなっていく。
「…大丈夫だから。
あと直ぐで終わるから…」
沢海の指先が宮原のアヌスを掠めると、宮原は無意識のうちに自分の指を噛み、声を抑えている。
同じ箇所に噛み付くので、傷口を更に深く悪化させてしまう。
沢海は宮原の噛み付いている手を握り、口元から手を遠ざける。
「ダメだ……
また、傷がついてしまうーーー」
陰毛に精液が絡まり、沢海は宮原の顔を覗き見ながらシャワーの水流を当てた。
ペニスにシャワーの水圧が当たると宮原は身体を捩らせる。
全身で拒絶をしているのか、頭を振り、ボロボロと涙が頬に顎に伝う。
「ーーーイ、ヤ……
イヤーーー
ーーー嫌だよ、嫌だよぅぅ…」
沢海はシャワーヘッドを投げ捨て、宮原の身体をきくつ抱き締める。
「……ゴメン……
泣くなって。
ーーー泣くなよ」
沢海は宮原を抱き締めるしか、何も出来ない。
「ーーー宮原ーーー」
沢海が自分の名前を呼ぶ声に、少しずつ宮原の両眼が開く。
黒目が潤み、瞳に光が差すものの、どこかまだぼんやりとしている。
目には今にも溢れそうな涙が浮かび、瞬きをすると頬に溢れていく。
「ーーー宮原ーーー」
宮原は声音のする方へゆっくりと視線を動かしていくと、沢海の不安そうな目と合う。
沢海は宮原の頬に触れる。
宮原の口から細い吐息が漏れる。
『ーーー沢海、先パ……イ…?』
ゆらゆらと視界が歪む。
「ーーー宮原……」
「ーーーそ……み……
…沢海、先輩ーーー?」
「ーーー宮原、大丈夫か?
意識、戻ったか?……」
宮原は言葉を続けようと思ったのに、頭が鈍く、重く、割れるような痛みにこめかみを押さえてしまう。
フラフラと視界が回ってしまう。
身体のバランスが上手く取れずに、沢海の胸元に手を付いてしまう。
沢海は宮原の手の上に自分の手を重ねる。
「ーーー大丈夫か?」
「ーーー沢海、先輩ーーー
……ぅっ…」
宮原は込み上げる吐き気に身体を丸めてしまう。
堪え切れずに口元を押さえるが、吐くものが何もなく、胃液さえ出ない。
そして、宮原の視界に入ったのは下半身が裸のままの自分の姿にーーー絶句してしまう。
なんで、裸でいるの?
なんで、身体が動かないの?
なんで、沢海先輩はここにいるの?
ふらつく頭を鈍器で更に殴られたかのような痛みが襲ってくる。
自分が何をして、どうしてこのような状況になったのかか思い出せない。
ただ、分かるのは鼻腔から伝わる精液の饐えた臭いと血の生臭さだけが現実を伝える。
なんで、沢海先輩はここにいるの?
なんで、沢海先輩はここにいるの?
なんで、沢海先輩はここにいるの?
「ーーーや、イヤ……
嫌だ!嫌だ!!!」
「宮原…」
「なんで……なんで、先輩ーーー
ここにいるんだよ!!」
沢海は何をどう説明したらいいのか、戸惑い、混乱し、考えてしまう。
正直に全部話した方がいいのか、全部嘘を付いた方がいいのか。
宮原自身が今の状態で、事実をどこまで耐えられるのか。
「宮原、話を聞いてくれ…
ーーーお前……」
「なんで、先輩は。
先輩はオレの事ーーー犯したの?ーーー」
沢海は息を呑んだ。
今、自分の目の前で震える目で聞いてくる宮原の姿に、言葉が続かない。
ーーー違う。
そう簡単に言えれば、まだ良かったのかもしれない。
ーーー誤解だ。
「…宮原…」
沢海は宮原の身体に手を伸ばそうとしたが、宮原に振り払われてしまう。
宮原は目を見開き、涙を流している。
「……嫌い、だ。
先輩なんて、嫌いだーーー」
ーーーどうすればいい?
どうしたらいい?
「宮原…」
ーーー違う。
誤解をされたままでも良いのか?
嘘を言えば、この事実は伏せられるのか?事実に耐えられるのか?
そのまま嘘を貫き通せるのか?
「ーーー宮原ーーー」
沢海は宮原の両肩を掴み、宮原の身体を捕らえる。
宮原は身動きが取れない程、沢海にきつく捕まれ、身体が硬直していく。
沢海からの視界から外れようと、宮原の仰け反った首筋が鮮明に沢海に映る。
宮原の鎖骨に赤い筋が伝い、沢海は喫驚した。
「止めろ!!!」
宮原は口唇をかみ、血を流していた。
沢海は宮原の口を、歯を押さえようとはするが、自傷行為を一向に止めようとはしない。
両手を離すとまた直ぐに自分自身を傷付けてしまう。
押さえつければ押さえつけられただけ、全身で拒絶をされる。
沢海は腕の力を抜き、宮原の首筋に顔を埋める。
「宮原………
ーーーもう、身体を傷付けるなよ…
痛いだろ?」
沢海は宮原の身体を優しく抱き直すと、開いた口から自分の舌を入れた。
異物を排除しようと、宮原は沢海の舌に噛み付く。
沢海は宮原を押さえていた手を解き、身体を支え、何度も口付けを繰り返す。
噛みつかれた舌は傷付き、血が滲み、沢海はその血と唾液を宮原に注ぐ。
何度も、何度も。
宮原は口付けを受けながら、身体を弛緩していく。
目を閉じて、沢海に身体を預ける。
「ーーーオレが……オレがやったんだーーー
全部。
ーーーごめん。
ごめんな……」
沢海は無意識に呟く。
「ーーー好きだーーー
宮原…
…好きだーーー」
沢海はもう一度、口付け、舌を入れる。
拒絶をしていた宮原の手が、沢海のシャツに縋るように握られている。
お互いの唇が離れると、宮原は溜息を吐いた。
沢海は衝動的に動いてしまった事に、今更気付いてしまう。
『オレはーーー宮原を好きなのか?ーーー』
手を伸ばせばすぐ傍にいる距離なのに、とても遠く感じる。
触れていたい、という感覚が禁忌のように感じる。
『オレはーーー宮原を好きなのか?ーーー』
ーーー好きーーーという感情が沢海の行動を億劫にさせてしまう。
沢海は全てを覚悟し、受け入れる為に宮原の背中に腕を回す。
「ーーー宮原ーーーオレ……」
沈黙が怖くて、何かを話さなければ、伝えなければいけない。
でも、何を話して、何を伝えればいいのか、言葉が喉元で止まり、出てこない。
「ーーーひと、り……
1人に、して…
ーーー誰にも、会いたくない…」
宮原の声が、沢海の耳元で聞こえる。
沢海は腕を緩めると宮原を見詰めた。
宮原の顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れ、嗚咽していた。
「……うっーーーく……
っっーーーふぅ……」
宮原は何も考えられないように、何も話したくないように、拒絶をしてただ泣いていた。
「ーーー宮原…
…ごめん…」
宮原は軋む身体で、床に散乱していた下着とハーフパンツを履く。
沢海に視線を合わせる事もない。
一瞬、鈍痛に顔を顰めるが、立ち上がり、サッカー部の部室を出て行く宮原を、沢海は静かに見ているだけだった。
パタン、と部室の扉が閉まると、沢海は全身の力が抜けたかのようにシャワー室の床に座り込んでしまう。
膝を抱え、重く、長い息を吐く。
「ーーー誰にも会いたくない、か……」
その後、宮原は体調不良という事で学校を2日欠席し、部活にも出られないとクラスメイトでもある松下が報告をしてきたのだった。
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