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誰にも会いたくない
あれから3日が経つ。
「沢海先輩」に犯されたあの日。
頭が割れるような痛みと身体が裂けるような痛みが同時に押し寄せ、心も身体もボロボロの状態で帰宅した。
身体は時間の経過と共に治癒していったが、心の中に何か引っ掛かることがあり、重く伸し掛かってくる。
ーーーオレは沢海先輩に犯されたーーー
ーーー沢海先輩に?ーーー
ーーーあの場所にいたのは沢海先輩だけだーーー
ーーー沢海先輩に?ーーー
ーーー誰か他にいなかった?ーーー
ーーー誰もいなかった?ーーー
思い出そうとすると頭が鈍器で殴られたような痛みが襲う。
でも、犯された事実は自分の身体が証明している。
ーーー癒えない傷がここにある。
「沢海、先輩……
ーーーどうして、なんだよ……」
沢海の顔を見たくないと思っていても、沢海と話をしたくないと思っていても、でも、追い求めてしまう。
逸らした目で、突き放してしまった身体で、閉ざした心で、全てを欲してしまう。
『ーーー好きだーーー』
たった一言だけ。
突然の沢海からの告白。
『沢海先輩はオレの事、好きだからーーー
……だから、オレを犯したの?』
『オレは沢海先輩の事が好きだからーーー
……だから、抱かれたの?』
「あの日」を思い出そうとすると記憶も感情も混乱しているのか、茫洋として分からない。
まだ薄らとしか陽が射さない校舎の脇の通路を歩き、部室へと向かう。
普段として何も変わらない、何時もの「日常」
その中を宮原は重い足取りで歩いていく。
ーーーこのまま逃げるわけにはいかない。
ーーーこのまま避けるわけにはいかない。
『沢海先輩と話が、したい…』
サッカー部の部室の前に来ると、宮原は足を止めた。
「よぉ。
左膝、大丈夫だったか?」
突然、背後から声を掛けられ、自分と沢海しか知らない左膝の怪我の事を聞かれる。
振り向くと宮原の前に野球部のユニフォームを着た嶋津が立っていた。
宮原は見知らない上級生に訝しむ。
名前も分からない、顔も知らない男に対して宮原は会釈だけをしてその場をやり過ごそうとしたが、嶋津に肩を捕まれ、身体ごと振り向かされる。
「そんなつれない態度すんなよ。
…やっぱり怒っちゃった?
オレ、あんたの事、助けなかったから…」
「ーーー何をですか…?
助けるって…?」
嶋津が何を言っているのか訳がわからず、話の辻褄が合わずに宮原はイラッとした。
「ーーーえ?
…お前、覚えてないの?」
「何を…」と宮原が声を上げると同時にサッカー部の部室の扉が開き、腰にバスタオルを巻いた沢海が出てきた。
シャワーを浴びていたのだろうか、少し茶色の髪の毛が濡れている。
「ーーー宮原…」
沢海から自分の名前を呼ばれ、宮原は身体が竦んでしまう。
聞きたかった声音、呼んでもらいたかった自分の名前なのに、沢海の顔を見上げ、動けなくなってしまう。
「ーーー沢海、先輩……」
嶋津は腕組みをして、沢海を見るとニヤリと下卑た笑いをする。
「ーーーふーん。
お前が沢海、ね…
可愛い子ちゃんの意中の人なんだ…」
沢海は直感で、宮原に手を掛けた奴だと理解した。
沢海の拳に一気に力が入る。
怒りで頭が真っ白になり、本能で身体が動く。
左手で嶋津の胸ぐらを掴み、上へ引き上げ、締め上げる。
「……下衆やろう!!
ブッ殺してやる!!」
コンクリートの壁に嶋津を叩き付け、喉元に肘を当てる。
嶋津は避けることもなく、後頭部を強かに打ち付けてしまう。
「ーーーってぇな……」
安穏と話す嶋津が沢海を更に逆撫ていく。
「やめて!
やめてってば!!
ーーー沢海先輩!!」
宮原が沢海の振り上げた右腕を押さえ、沢海の身体にしがみつく。
宮原を突き飛ばすかのような勢いに必死に沢海を引き止める。
沢海は自分の右肩に顔を埋める宮原の体温を感じると冷静さを取り戻し、そのまま宮原を抱き締める。
宮原の髪が頬に触れ、さらりとした心地良さに唇を這わす。
「もう、こいつに手、出さないでもらえる?
ーーーオレんの、だからさ」
「…あぁ。分かってるって。
手付きの可愛い子ちゃんに地雷踏む様なことはしないよ」
嶋津は自分の肩を左右に動かしながら、沢海の前を通り過ぎようとするが、振り返り沢海に忠告する。
「ーーーあのバカは、そいつを気に入ったみたいだからな。
ーーー注意しておけよ」
「何?……誰だ?
誰の事だ?」
「可愛い子ちゃんがそいつの顔、覚えてれば…の話だけどなーーーじゃあな」
嶋津は面白半分そうに沢海に問い掛けると、野球部のユニフォームを正し、その場を去って行く。
聞かせたくない言葉に沢海は宮原を抱き締める腕に力を込めた。
だが、それに反発するかの様に宮原は沢海の腕を払い、声を上げる。
「なんで!ーーーなんで!
あいつ、オレの左膝の事、知っているんだよ!
ーーーなんで、オレのことを……」
堰を切る宮原に沢海は自分の顔を寄せる。
至近距離で2人の視線が合い、宮原が一瞬、声を失う。
沢海の瞳の中に宮原が映り、揺らめくと、沢海は唇をそっと触れ合せていく。
宮原が顎を引き、逃げようとすると沢海は宮原の頬に手を当て、もう一度角度を変えて触れ合うだけの口付けをする。
宮原は呼吸が上がるのを隠しながら、沢海の肩に身体を寄せる。
「沢海先輩ーーーずるいよ…」
沢海は眉間に皺を寄せる。
そして、沢海は宮原の髪を搔き上げ、引き寄せると口内に舌を入れ、深い口付けをする。
舌を絡ませ、歯列をなぞる。
飲みきれない唾液が宮原の口元を伝い、沢海が自分の舌でベロリと舐める。
「ーーーは…ぁ……」
吐息とも喘ぎともいえない声が宮原から漏れる。
「…なんで、沢海先輩以外の人がーーー
オレの左膝の事、知っているんだよ…」
宮原は沢海の背中に手を回す。
「ーーー悪かった……
ごめん……」
宮原はもうこれ以上、問い詰め、問い質す事が出来ずに沢海の胸に顔を埋めた。
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