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ケンカがしてみたかった
「佑真さん」
「どうした?」
ソファに座る佑真さんに跨り首に腕を回すと、透き通るような声が返ってくる。
それだけで当初の目的を忘れそうになるほど心臓が騒ぎ出す。
何度見ても見慣れる事のない佑真さんの優しい微笑みに俺の練りに練った画策がいとも簡単に崩れてしまいそうになるから困る。
「佑真さんっ!」
イケメンの微笑みに惑わされないように奥歯をぐっと噛み締め佑真さんの頬を両手でむにっと引っ張った。
そんな顔でもイケメンかよ。
「佑真さんのバカ、アホ……滅びろイケメン」
「何?」
ぱちぱちと瞬きをしながら不思議そうに俺を見つめる佑真さんに怒った素振りは見えない。
「悪口言ってみたんですけど……ムカつきました?」
「いや……この上なく微笑ましい気持ちになっただけかな」
恐る恐る訊ねた俺に返ってきたのは嬉しそうな佑真さんの笑顔だった。
「えーーー!」
違う、計画と違い過ぎる!
そこはむっとする所だろ。いや、あんまり本気で怒られても困るんだけど。
「何がしたかったんだ、お前は」
「藤崎が言ったんですよ、喧嘩するほど仲がいいって」
「それで?」
計画とは違う佑真さんの態度に肩を落とす俺の頭を撫でる佑真さんの手が優しい。
「佑真さんは優しくて、それは嬉しいんですけど……ケンカするとお互いの事がよくわかって絆が深まるって……だから――」
「ははっなるほどな。可愛すぎかよ」
俺の肩に頭を乗せ笑う佑真さんに複雑な心境だ。
佑真さんに可愛いと言われるのは嫌じゃないけど、これはどう考えても馬鹿にされているような気がする。
「笑い事じゃないんですって!」
「いや、お前、わかるけどいきなり言われても怒るより驚くだけだろ」
まだ笑いながら俺の言う事なんて本気にもしていない顔をする佑真さんに俺の方がむきになってしまう。
「佑真さんのバカ!ずるい!意地悪!」
「可愛いとしか思えないんだが……もっと本気で言ってみたらどうだ?」
楽しそうに笑う佑真さんにこれ以上何を言えばいいのかと悩む。俺が何を言ってもこの人は笑って受け流すんじゃないのか。
うーんと考え込む俺の頭を優しく撫でる佑真さんの透き通るような声が聞こえる。
「まぁ翔には無理――」
「佑真さんなんか大嫌い!!」
俺の頭を撫ででいた手がぴたりと止まり、佑真さんの顔は驚いたまま固まっている。
「……おま……それは……だめだろ……」
「え!?ちょ、佑真さん!?」
がっくりとうなだれ頭を抱える佑真さんを焦って覗き込む。
「やばい……思ったよりダメージが大きい……」
「ご、ごめ……本気じゃありませんって!」
大きな溜息をつく佑真さんの肩を揺すると力が入らないのかぐらぐらと揺れ、視線はぼんやりと天井に向いていた。
この人まさか本気で落ち込んでる?言えるかっていうから言ってみただけなのに……。
「佑真さんって!」
「わか……わかってる」
弱々しく呟いた意外にもメンタルの弱い佑真さんはそれからしばらく俺を抱きしめて離してくれなかった。
それから俺は佑真さんの気が済むまで無茶な要求に付き合わされることになってしまった。
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